第4話 小さな暴君


 朝、俺が起きると、ルル、ナル、メルは、もう部屋にいなかった。

 点ちゃんからの情報では、昨日歓待を受けた部屋より、さらに洞窟の奥にいるらしい。


 俺は水晶灯が照らす通路を、パレット上のマップに沿って進んで行った。今までで一番大きな空間に出る。壁面と天井に水晶灯が埋め込まれたその部屋は、とても明かるかった。


 小さな竜が、いくつかのグループに分かれている。

 グループごとに竜の大きさが違うのは、年齢別だからだろう。成人した竜が、ちらほら見られることから、ここは教育施設なのかもしれない。


 俺は部屋の端にいるルルの所へ行った。彼女は、冒険者姿できりっと立っている。見慣れている俺でも、綺麗だと思う。


「ルル、お早う」


「シロー、お早うございます」


「ここは、何?」


「ナルとメルによると、学校の様なものらしいです」


 ああ、そうか。アリストにも学校はあるからね。二人は、まだ通っていないけど。


 ルルが指さした方を見ると、何匹かの子竜が輪になり、体を動かしている。竜の姿に戻ったナルとメルが、他の竜と一緒に体を動かしている。

 その姿は、とても微笑ましいものだった。


 俺とルルは、時間を忘れて二人の姿を見守るのだった。


 ◇


 ふと気づくと、リーヴァスさん、コルナ、コリーダも、俺たちの横で、竜のお遊戯を眺めていた。


 リーヴァスさんが、初めて見るデレデレした顔をしている。俺が見ているのに気づくと、恥ずかしかったのか、はっと真顔になった。

 竜のお遊戯が終わっようで、輪になっていた子竜たちがばらばらになる。


 ナルとメルも、人化して俺たちの所に駆けてきた。ルル、リーヴァスさん、コルナ、コリーダに抱きついた後、いつものように、ドーンと俺にぶつかってきた。


「パーパ、見てくれた?」


「見てたよ。

 二人とも、とても上手だったね」


 俺が褒めると、二人は満面の笑みを浮かべた。


 ◇


 その時、部屋の反対側が騒がしくなった。

 そこにある入り口から、二匹の子竜が入ってくる。


 青みがかった他の竜と違い、赤っぽい鱗をしている。

 他の子竜が、蜘蛛の子を散らすように逃げた。

 赤い子竜は、我が物顔で、のっしのっしとこちらに向かってくる。


 先生役の成竜が、こちらに向かい走りながら人化すると、叫び声を上げた。


「逃げて! 

 逃げて下さい!」


 赤い竜は部屋の中央辺りで十歳くらいの子供に変身すると、凄いスピードでこちらに走ってきた。


「お前たちが噂の真竜だな」


 俺たちの側まで来ると、やや大きい方の少年が話しかけてくる。息も切らせていないから、身体能力は高そうだ。


 だけど、フリ〇ン姿で女の子に話しかけるってどうよ。


 イオが、「キャー!」と叫び、顔を手で覆っている。ナルとメルは、つーんという感じで相手にしていない。


「おい! 

 兄ちゃんの言うこと聞けよっ!」


 小さい方の赤竜が、ナルの手を取った。

 その瞬間、ナルがもう一方の手で赤竜の手をにぎり、ブンと振りまわした。すっ裸の男の子が光の線となり、後ろの壁に激突した。


 ドーン


「ぶへっ」


 彼は壁際で横たわっている。立ちあがろうとして、首が動いているところを見ると、命に別状はないようだ。


「ディーに何すんだっ!」


 大きい方の赤竜少年がナルに掴みかかろうとする。メルが彼をトンと押した。


「うわーっ!」


 押された少年が、地面と平行に飛んでいく。部屋の中央辺りで一度バウンドすると、反対側の壁際までコロコロ転がっていった。

 俺はナルとメルの頭を撫でてやった。


「なにあれ?」

「わかんない」


 まあ、そういう感想になるだろうな。俺は二人のやり取りを聞き、吹きだしそうになった。

 部屋の反対側まで転がった赤竜少年が、ナルとメルを警戒しながら部屋の壁に沿って弟の所に向かった。

 弟の手を取り立たせてやるところを見ると、それほど悪い子でもないのだろうが、最初のイメージがねえ。

 二人の赤竜は標的を大人に変えたらしく、やや離れた位置で俺たちに向け叫んだ。


「お、お前らなんか、怖くないんだからな。

 そいつらは、タダの人族だろう。

 言うこと聞かないと、そいつらをやっちゃうぞ」


「そうだそうだ」


 あー、この発言は、さすがにまずかったな。

 リーヴァスさんが、二人に近づいていく。


「く、来るなっ! 

 近づいたら、やっつけちゃうぞ!」


 リーヴァスさんは、そのまま二人のすぐ近くまで歩みよった。大きい方の赤竜が、普通なら避けられないほどの張り手を放つ。

 もちろん、「普通なら」である。


 リーヴァスさんは、あっという間に赤竜の首根っこを掴むと、立膝の上にうつ伏せにする。

 あちゃー、またお尻ぺんぺんですか。


 ぱちーん、ぱちーんと、お尻を叩く音がする。


「痛い! 

 痛いっ! 

 もうやめてっ!」


「レディーの前では、行儀よくしなさい」


「するっ、するからっ」


 ぱちーん、ぱちーん


「目上の人には、敬語を使いなさい」


「えーん。

 します、します」


 リーヴァスさんが赤竜兄を膝から降ろすと、呆然としていた赤竜弟がやっと動きだした。


「よくも、兄ちゃんをっ!」


 彼はそう言うと、リーヴァスさんに飛びかかろうとした。だが、身体がピクリとも動かない。


「あれ? 

 ど、どうして」


 背後から俺がゆっくり近づく。足音を聞き、青くなった赤竜弟がギギギと後ろを見た。

 俺がニヤリと笑う。


「ひーっ!」


「どうした。

 人族ならやっつけられるんじゃなかったのか?」


 俺がやや低くした声で言う。


「許して、許してください。

 えーん」


 あー、やりすぎちゃったか。おしっこ漏らしてるな。

 俺は肩をすくめると、先程駆けつけてくれた先生役の竜を見た。彼は、四十歳くらいの男性の姿に人化している。


「この子らは、他の子供たちより真竜様の血が濃いということで、我まま放題に育てられたのです。

 他の子と一緒に育てようと、何度も試したのですが、とにかく力任せの暴力を振るうので、今までどうしようも無かったのです」


 多分、最初の所でボタンの掛け違いがあったのだろう。誰かが、お前たちは特別だと、吹きこんだのかもしれない。

 ナルとメルがトコトコと二人に近づくと、ナルが兄竜、メルが弟竜の頭をそれぞれ撫ではじめた。


「泣かないでね。

 いい子いい子」

「いい子いい子ー」


 あれ? これって、エルファリアで、二人が魔獣を手懐けたテクニックじゃないか?

 俺はそう思ったが、黙っておいた。

 赤竜の兄弟が泣きやむと、ナルとメルはルルたちの所に戻った。


 部屋中に散らばっていた子竜が、ナルとメルの前に集まってくる。竜の姿である彼らは、地面に首をつける姿勢をとった。ナルとメルが、その頭を撫でてやる。


「「いい子いい子ー」」


 子竜たちは、心地よさそうに目を細めている。


「はー、『いい子いい子』って万能ね」


 コルナが呆れ半分で笑っている。

 べそをかいていた赤竜兄弟は、今はリーヴァスさんに頭を撫でてもらっていた。

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