第42話 自業自得


 竜舞台に立つ俺の横に、白竜族の若者ジェラードが並んだ。


「皆の者、よく聞いて欲しい。

 たった今、我らの神聖なる竜闘が汚されるという、忌まわしい出来事があった」


 大きな体躯から発せられるジェラードの声は、とてもよく通った。


「しかし、いやしくも彼は今まで竜人の世界に尽くしてきた、四竜社のかしらである。

 本来なら、この時点で迷い人側の勝ちは決まっているのだが、せめて彼にも戦うチャンスをあげて欲しい」


 彼はビギの方を指さし、そう言うと、観客席に向け深く頭を下げた。


「分かりましたぜー、白竜の若様! 

 試合を続けて下さい」

「お任せします、若様!」

「大将戦見たいですー!」


 観客はジェラードの思惑通り動いたようだ。


 ◇


「全く、やってくれるぜ」


 ジェラードが俺の横を通るとき、そう囁きかける。


「だけど、これで君の計画が楽に進むだろう?」


 ジェラードは微笑みを浮かべ、小声でそう言った。


「よく言うぜ」


 彼の登場と発言は、打ちあわせていたものではない。俺が映した映像を見て、こちらの意図を察したのだろう。思った通りの切れ者だ。

 彼が竜舞台のやや端よりに立っているのは、審判を買ってでるつもりなのだろう。


 まあ、さっきの映像を見た後で、青竜族の主審に試合を任せようという馬鹿はいまい。


 ◇


 竜舞台の下では、ビギが怒りに震えていた。

 映像が流れた後も、何かと理屈をつけ、観客を丸めこもうと考えていたのだ。

 白竜族の若造が、それを台無しにしてしまった。彼の名誉が回復されることは、二度とないだろう。

 しかし、せめてヤツと人族の少年には、目にもの見せてやる。


 ビギは、万一に備え、付きそいの者に持たせていた剣をひったくり、自分の帯剣を地面に投げすてた。

 剣の柄に手を触れ、残忍な笑いに顔を歪めた。


 ◇


「迷い人二勝、竜人一勝。

 第五試合大将戦」


 白竜族の若者ジェラードが宣言する。

 ポルの試合は、協議扱いということだろう。


「迷い人、シロー。

 黒竜族ビギ。

 大将戦、始め!」


 ビギの持つ剣は、竜刀では珍しい片手直剣だった。

 俺の剣は、ゴブリンキング討伐の際ルルが選んでくれたもので、もう何か月も手にしていないものだ。

 開始線に立つビギは、俺が剣を構えるのを見ると、ニヤニヤ笑いを崩さなかった。


「坊主、やってくれたな。

 覚悟はできているんだろうな」


 俺は黙ったまま、剣を体の前に出した。


「お前、剣術は素人だな。

 身の程知らずが」


 ビギが挑発するように言う。

 この少年は、竜気オーラさえほとんど見えない腕前だ。


「剣術どころか、戦闘経験もろくにあるまい」



 ビギに挑発されても、俺は茫洋とした表情を変えなかった。

 さて、タイミングをどうとるかな。

 俺は計画をどう実行するか、その事に想いを巡らしていた。


 ◇


 ビギの初撃は、史郎の右手を狙ったものだった。


 彼は確信をもって、少年の右手親指を切りおとそうとした。しかし、なぜか剣の軌跡が途中でれてしまった。

 対戦相手が明らかに素人なのにだ。


 第二撃。

 ビギの剣が少年の剣に触れた。


 ギィンッ


 竜刀に弾かれた少年の剣は、竜舞台の端まで飛んでいった。これで少年は丸腰だ。


 ビギの剣には、毒が塗ってある。かつて、ラズローの父親を倒したときに使った剣と毒だ。身体を掠めただけで毒は回る。

 ビギは自分の勝利を確信した。


 剣を振りかぶり、相手の頭上から落とす。

 それを少年が避けられるはずはなかった。


 ◇


 なに!?


 上段から剣を振りおろしたビギは、違和感に戸惑っていた。

 右手が軽いのだ。いくら調子がいいと言っても、これでは軽すぎる。

 右手を見ると剣が消えている。


 いったい、これは!?


 前方に目をやると、少年がビギの剣を拾うところだった。


 な、なぜ俺の剣があそこに?


 少年が、ぎこちない動作で切りかかってくる。それは、余裕でかわせるだけのスピードだった。

 しかし、なぜか足元がふらつき、毒の剣がビギの左手をかすめてしまった。

 奇しくもそれは、かつて彼がラズローの父マルローに手傷を負わせたのと同じ箇所だった。


 ビギは距離と取るため、さっと後ろに下がった。用心深い彼は、解毒剤を服用している。かすめた剣は、全く気にならなかった。

 少年の剣捌けんさばきなら、彼が体術を使えば、簡単に竜刀を奪いかえせるからだ。


 ビギは少年の方に足を踏みだそうとした。

 その瞬間、全身に激痛が走った。今までに感じたことがない痛みだ。尋常ではない痛みに、ビギは立つこともできなくなった。


「第五試合勝者、迷い人シロー。

 協議中の一試合を除き、三対一で迷い人チームの勝ちとする」


 どこか遠くで審判の声がしている。なぜか少年の声が頭の中にはっきり聞こえてきた。


『お前、毒を使ったな。

 ラズローの父親、マルローにもだ。

 お前が感じている痛みは、体内の血液が解毒剤に攻撃されて生じている。

 毒を使ったことを公表するなら、その痛みを消してやろう。

 了承するなら右手を挙げろ』


 激痛の中、ビギが右手をゆっくり挙げる。

 俺は彼の口に丸い小石を入れ、飲みくださせた。ビギの血液と融合させていた毒を小石に移す。

 痛みは、それほどかからず収まったようだ。


 ぜえぜえと、荒い息をつくビギを立たせる。


「審判、彼が何か言いたいことがあるようだ」


 俺はジェラードに声を掛けた。

 彼がビギに尋ねる。


「ビギ様、何でしょう?」


 ビギが憔悴しょうすいした顔で、うめくように言った。


「ワ、ワシは、今まで竜闘で毒を使用してきた」


 これには、さすがのジェラードも驚いたようだ。


「どうして、そんな告白を?!」


 ビギはそれには答えず、これ以上ない恨めしそうな目で俺を睨むだけだった。


 俺が竜舞台を降りる時、観客席のマルローと目が合った。彼は涙を流しながら、俺だけに分かるよう、わずかに頭を下げた。俺も頷きかえす。


 俺は仲間たちが歓声を上げている方へ向かい、竜舞台を降りた。


 ◇


 大混乱の竜闘後、ビギは四竜社よんりゅうしゃの執務室にいた。


 影が五人、彼の前に立っている。まだ自分は四竜社のかしらだ。権力を使い、法をねじ曲げてでも権益を維持してやる。

 だが、まずは、あの二人に思い知らせることだ。


「白竜の若造には、すでに刺客を送った。

 お前らは、迷い人の女と子供を……」


 そこまで彼が話したとき、竜舞台で味わった激痛が再び始まった。痛みのあまり、自分が床に倒れたことすら感じなかった。


「お頭! 

 しっかりして下さい !」

「治療班を呼べっ!」

「どうなさったんです!?」


 ここに及び、ビギの苦痛を止めてくれる者は、誰一人いなかった。

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