第40話 竜闘5 リーヴァスの闘い
竜闘第三戦目。
竜人側が勝つと、チームの勝利が決まる一戦。
観客は驚いていた。竜舞台から黒竜族の娘が消えたと思った瞬間、人族の少年も姿を消してしまったからだ。
観客席から音が消えた。
◇
少年の姿を見失ったエンデは、すばやく周囲に視線を飛ばす。
舞台上にいなければ、空中に違いない。しかし、前と左右には姿が無い。彼女は、確信をもって空中で身体をひねった。
背後だ!
彼女が振りむくと、そこにも少年はいなかった。
精神的な衝撃と身体的な衝撃が、共に彼女を襲う。
気がつくと彼女は竜舞台の上にうつ伏せに押さえつけれられており、手から竜刀がもぎ取られていた。
「参ったしてくれないかな。
女性に怪我させたくないんだ」
頭上から静かな声がした。落ち着いたその声を聞いたとき、彼女の闘気は別のものへと変化を遂げた。
「参りました」
エンデは、自分でも驚くほど静かな声で答えた。
審判が勝敗を告げる。
「勝者カトー」
観客席からもの凄い歓声が上がる。しかし、それは勝負を讃えるものばかりではなかった。
「女、ひっこめー!」
「竜闘を汚しやがって!」
「恥さらし!」
罵声は次第に大きくなる。
「やかましいっ!!」
加藤の
「彼女を侮辱するのは、俺が許さない。
文句があるやつは、ここに上がって来い!」
罵声を上げた者が全員、椅子の上で体を小さくしている。
加藤がエンデの手を取り、それを高く掲げると、さっきに倍して歓声が上がった。
「すげーぞ、カトー!」
「カッコイイー!」
「キャー、カトーくーん!」
会場が割れるような歓声で包まれる。
「静かに!
皆さん、お静かに!」
青竜族の主審が叫ぶが、効果がない。
竜人の世界で沈黙をあらわす記号、卵の絵が書かれた板を手にした竜人たちが、場内を回る。
歓声はしばらく続き、やっと収まった。
審判が、そそくさと次の試合を呼びかける。
「迷い人側副将、前へ」
その声で、リーヴァスが竜舞台に上がる。
彼は気負いも何も見られない自然体だった。
◇
竜人側の副将は、黒竜族の若者ビガだった。
若手では、一番の戦闘力を誇る。
長身と生来の反射神経の良さが、彼の才能を開花させた。しかし、練習では他の竜人が遠慮しているからか、彼自身、自分の力がどのくらいのものか、測りかねているところがあった。
その上、ビガは、子供の頃から日常的にご機嫌取りに囲まれていたから、プライドだけはべらぼうに高かった。
今回の竜闘のことを知った彼は、父ビギに頼み、選手枠に入れてもらった。すでに対戦相手も決まっている。
銀髪の人族だ。
老人というには背筋が伸びたその姿は、若い頃、さぞや戦闘力が高かっただろうと推測される。しかし、今となっては、壮年期の強さは、見る影もあるまい。
彼には、新しい竜刀を試す、実験台となってもらおう。
次第に空が曇ってくる。湿った風が吹きはじめた。荒れはじめた天気が、竜闘のこの後を暗示するかのようだった。
◇
「迷い人、副将リーヴァス。
竜人、副将ビガ。
第四試合、始めっ!」
審判の合図で、ビガは腰だめに剣を構えた。
最新式の竜刀は、柄の一部を握ると、剣先が飛びだすという、従来の概念を打ちやぶるものだ。
飛び道具が禁止されている竜闘でこれを使えば、対戦相手は、なす術もなかろう。それが飛び道具であると物言いがついたときの言い訳も、すでに考えてあった。いや、そこまでの準備があって初めて、ビギは、息子が参加することを許したのだ。
ビガは銀髪の人族が避けられないよう、相手の腹部に向け剣を突きだすと、
◇
観客は、試合開始の合図と同時に、ビガが剣を突きだす姿を見た。
そして、光の線がビガの持つ柄とリーヴァスを結んだ。
ギィンンッ
可聴域ぎりぎりの高い音が場内に響く。多くの者が耳を塞いだ。
そして、音が消えた竜舞台には、ただ一人リーヴァスが立っていた。
◇
「し、勝者リーヴァス」
主審が告げるが、場内からは歓声すら上がらなかった。
リーヴァスの足元には、ビガが倒れていた。剣先が無い剣を握った右腕が、竜舞台の端に落ちている。
リーヴァスは、すでに剣を鞘に納めていた。彼は開始線で一礼すると、舞台を降りる。
救護班がビガの所に駆けつける。
その向こうでは、主審と話をするビギの姿があった。
主審が再び竜舞台の中央に立つと、両手を頭上で交差させた。
「先ほどの判定は、取りけしです。
リーヴァス選手は、規定外の攻撃をしたため、反則負けとします」
場内がざわついた。
頭に茶色い布を巻いた人族の少年が、ゆっくりと竜舞台に登った。
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