第38話 竜闘3 ポルの闘い
二人目の対戦者が獣人の少年に決まり、ビギは、ほくそ笑んでいた。
今回の竜闘で彼が唯一心配していたのは、ラズローの掛け声で、各竜族の腕利きが対抗馬として出場することだった。
一戦目は、難無く勝つことができた。二戦目も勝てば、竜闘を制したも同然だ。
恐らく戦いに慣れていないだろう相手に対し、こちらには絶対の手駒があった。
敵のリーダーは、恐らく初老の男だろうが、自分たちの選手が竜舞台に登ってから、こちらの選手が出ていっても、異議申したてすらしないような間抜けだ。
勝利を確信したビギは、大将として自分が出場するのも悪くないと考えはじめていた。
◇
四竜社側の次鋒は、壮年の黒竜族だった。
竜人にしては小さい方だが、
男の名前は、ザブル。現役黒竜族の中で、最も腕が立つと評価されている。竜舞台においても、歴代三位の戦績を誇っていた。
舞台上の相手を見たザブルは、ニヤリと笑った。
獣人の少年。その身のこなしを見ただけで、彼の戦闘技術は推測できた。油断しなければ、どう見ても負けるはずがない相手だ。
ザブルは、いかに観衆受けする勝ち方をするか、それを考えていた。
◇
ポルは、相手を見ただけで、普通なら自分が勝てない相手だと悟った。
エルファリアで手に入れたミスリル製の長剣は、握った手から滑り落ちそうだ。手が汗でヌルヌルしているのだ。
早くなる呼吸を、必死で落ちつかせる。
「両者、開始線について」
審判が、両者を促す。
ポルはすぐに開始線に着いたが、百戦錬磨らしい対戦相手は、三歩ほど手前で立ちどまった。
「獣人族の少年よ。
ケガをする前に、降参しても良いのだぞ」
気持ちを落ちつかせようと必死なポルは、それに答える余裕もない。
「ワシは、一度に五人の敵を倒した事もある」
相手はダメ押しのつもりでそう言ったのだろう。しかし、その瞬間、ポルは一気に冷静になった。
五人?
彼は、かつて目の前で見た、リーダーの戦いを思いだしていた。
グレイルで砂漠を埋めつくすほどの猿人軍を、あっという間に滅ぼした時の事。
エルファリアで無数の魔獣、二万の兵士を退け、魔術で作られた巨大な火球を消しさった時の事。
ポルは、敵が怖いという感覚が、いつの間にかなくなっているのに気づいた。
◇
「ザブル選手、開始線に着いて」
さっきまで、遠くで聞こえていた審判の声が、今はハッキリ聞こえた。ポルは、戦いに向け、自分の全身が自然に準備を整えるのを感じた。
「迷い人、次鋒は、狸人族ポルナレフ。
竜人代表、次鋒は、黒竜族ザブル。
始めっ!」
ザブルは、黒っぽい長剣を両手で脇に構える。
ポルは、白銀の長剣を中段に構える。
先手は、ザブルが取った。小さなフェイントを右に振ると剣がするすると伸び、ポルの首筋を掠めた。
実際に剣が伸びた訳ではない。剣を扱う技術だ。リーヴァスの稲妻みたいな剣で鍛えてもらっていたからこそ、ポルは、それを避けられた。
ポルは、一旦距離を取ろうとした。
その隙を逃さず、ザブルが距離を詰める。
再び伸びる剣。
ポルは、かろうじて
彼は、いつの間にか、正方形をしている竜舞台の、コーナー部分に追いつめられていた。
ザブルは、油断しなかった。次の攻撃で勝負はつく。
しかし、最後の瞬間まで、何があるか分からない。
この用心深さこそが、彼の戦闘能力を支える柱だった。
ポルは、コーナーギリギリのまで下がっていた。左にも右にも動くことができない。
ザブルの伸びる剣技を考えると、まさに絶体絶命だった。
「ポル、負けるなーっ!」
ミミの声が竜舞台に響いた瞬間、絶対の自信を乗せたザブルの剣が、ポルに襲いかかった。
剣先が、最も避けにくい腹部を貫いた。
◇
その瞬間、ザブルは違和感を感じていた。
手応えが無いのだ。数限りない戦闘をこなしてきた彼が、違和感を感じるのは当然だった。
首筋に冷たいものが当たる。見なくとも分かる、それは対戦相手の剣だった。ここからイチかバチかで対応する技がない訳ではない。しかし、ザブルには、それに命を懸ける覚悟が無かった。
手の剣を放す。
「ま、参った」
剣が地面に落ちる、チャリンと言う音が、試合終了の合図だった。
◇
ザブルの勝利を確信していた観衆は、静寂に包まれた。
しかし、女性たちが座る席から、歓声が上がると、それにつられるように、拍手喝采が起こった。
「少年、凄えぞ!」
「早すぎて見えなかったぞー!」
「最強のザブルを倒すなんて、半端ねえぞー!」
観客の喧騒をよそに、竜舞台では、別の動きが出ていた。
竜人サイドから、物言いがついたのだ。
青竜族の審判が退場する。
彼だけではなく、線審を務めていた、四人の竜人も同様だ。
別室で協議を行うためだ。
◇
その部屋には、主審を任されている青竜族の男を始め、四人の線審とビギが集まった。
「ビギ様、物言いがあるとのことですが?」
主審が、声を掛ける。
「今の試合、獣人は、一度場外に出ているな」
ビギが威圧するような声を出す。
「いえ、出ていません」
主審の声など聞こえていないかのように、ビギが続ける。
「線審、どうだ。
出ていただろう?」
線審の内二人は、ビギの息が掛かった者たちだ。
「出ていました」
「間違いありません」
すぐに、打ちあわせた通りの答えが返ってくる。
「一番近くに居ましたが、出ていませんでした」
赤竜族の線審が、それを否定する。
「私からも、出ているようには見えませんでした」
白竜族の線審も、きっぱりした口調で言う。
ビギは、ゆっくりこう言った。
「二対二か。
では、判断は、主審に
ビギは立ちあがると、反対側に座る主審の所まで歩いていった。
かがみこんで、主審の耳元で囁く。
「お前の息子は、今、牢に入っていたな」
青竜族の主審が息をのむ。
「俺の力で、無罪放免にしてやろう」
小声でそう言うと、ビギは、自分の席に戻った。
「……では、判定は、迷い人側の場外反則負けということにする」
主審は、苦悩に満ちた声を絞りだした。
「主審!
明らかに場外ではありませんよ!」
赤竜族の線審が、気色ばむ。
「場外だ」
椅子に沈みこむように座る主審が、繰りかえす。
ビギは、それを見てほくそ笑んでいた。
主審の息子を冤罪で牢に入れたのは、彼だ。そして、そのことがあるからこそ、この男に主審を任せたのだ。
勝負は、どんな手を使っても、勝てばよいのだ。
すでに二勝。あと一つ勝てば、勝負は決する。
計画通り進む竜闘に、ビギは満足していた。
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