第10話 竜人の村(上)
森の中に作った土の家で夜を明かした俺とポルは、さらに森の奥へと進んだ。
竜人の女に上空から撮った写真を見せ、進むべき方向を確認してあった。
俺たちが今いる大陸は、中心から五本の半島が伸びたヒトデのような形をしている。転移してきた台地は、その半島の内、最も北に位置する「足」の中ほどにあった。
竜人が住むのは、大陸中央部から南に掛けてらしい。だから、俺たちは、ヒトデのような大陸の中心に向かって進んでいるわけだ。
昨日あった度重なる魔獣の襲撃が嘘のように、今日は平穏だ。ときどき出てくる魔獣も、性格が穏やかなのか、こちらに気づくと逃げだすものばかりだ。
竜人の女は、ボードの上に寝ているが、顔色が昨日より良くなっているから、なんとか持ちなおしたようだ。
森の木々が次第にまばらになり、やがて前方に山が見えてきた。ゴロゴロした石がそこら中に散らばっている。足場が悪くなってきた。
森が途切れると、左側に海が見えた。地球の海より色がずいぶん濃く、黒っぽい色をしている。潮の匂いはしないようだ。
この世界に来て初めての人工物が現れる。前方の岩山に刻まれたそれは、紛れもなく階段だった。
歩くのは諦め、岩山の上を飛ぶことにする。畳み二畳くらいのボードを作り、その上に乗る。竜人の女は、ボードのまま載せた。
風防を付け、空に上がる。
「うわー!
海だー」
ポルが歓声を上げる。俺たちがさっきまでいた場所は、左右を海に
地峡の山を飛びこすようなコースでボードを進めていく。山の上には小さな砦のようなものが見える。人影は無かった。
山を越えると、再び森が始まる。ボードを森の脇に降ろし、それを消した。
再び森の中を歩きだす。
切り株が見られるようになる。人家は近そうだ。
最初に会った、この世界の住人は、背中に柴を背負った少女だった。
◇
少女は、質素な萌黄色の服を着ていた。
身長百六十センチくらいで、青い髪に整った顔だちをしていた。
やはり、こめかみから頬にかけて青色の鱗が生えている。肌も、やや青みがかった色をしている。足元で細くなったズボンのようなものを履いていた。靴は竹のような素材で編んでいるように見える。
俺が捕らえている女が黒髪であることを考えると、竜人にもいろいろな髪の色があるのだろう。
こちらに気づいた少女が、驚いた顔をして立ちどまる。
「こんにちは」
とりあえず、声を掛けてみる。多言語理解の指輪が、竜人の言語までカバーしていることを祈る。
「あ、あなたたちは?」
どうやら、大丈夫だったようだ。
「他の世界から転移して、森の向こうの台地に出ました。
ここは、竜人の世界ドラゴニアでまちがいありませんか?」
「え、ええ。
あなたたちは、竜人では無いわね」
「俺は人族、こっちが
怪我をしている者を休ませたいのですが、宿屋のような所はありますか?」
「やっぱり、竜人では無いのね。
宿屋は無いわ。
あったとしても、竜人でないなら使えないよ」
「なぜですか?」
「なぜでもよ。
こうして、話しているのを見られるだけで、最悪、『追放』されるかもしれないの」
「分かりました。
食べ物だけでもいただけませんか。
交換するものは、色々持っています」
「無理でしょうね。
村の若い男たちに見つかったら、怪我どころじゃ済まないわよ」
「俺たちが、何だって?」
間が悪いことに、その「村の若い男たち」が現れたようだ。
なめし革の服を着た大柄な竜人の青年が三人、木立から出てくる。
全員、青い髪を耳の上で切りそろえている。
ここに来てまさかの坊ちゃん刈り?
「パニア。
お前、後で
まん中の特に大柄な若者が、せせら笑うように言う。
「わ、私は何も……」
「そいつらは、俺たちが相手してやる」
そう言うと、男は拳を握り、胸の前に構えた。
俺が一歩前に出る。
「まず、お前が俺の相手をしてくれるのか?」
若者が小馬鹿にしたように言う。
身長が百九十センチはありそうだ。腕も胴も、俺より遥かに太い。
「威勢だけはいいが、負けた時のことも考えておいた方がいいぞ」
「なにをっ!」
小柄な格下の相手から、馬鹿にされたと思ったのだろう。若者は、まっ赤な顔で突進してきた。こちらの思うつぼだ。
思いきり振られた拳が、俺の頭部を襲う。
ガキッ
ボキっ
「ぐあっ」
あー、そうなるよね。岩を殴ったようなものだもの。拳の骨を折った竜人の若者が、腕を抱え転げまわっている。
残った二人が、同じように掛かってきて、同様の目にあった。
最初の男がどうなったか、見てたはずなんだけどね。
騒ぎを聞きつけたのだろう、何人かの竜人が近づいてくる。全員、青い髪をしている。
「こりゃ、何があったんだ?」
落ちついた雰囲気の、やや背が低い、一際がっちりした体格の男が、パニアと呼ばれた少女に話しかけた。少女は、何があったか説明している。
「この三人を、この人族の少年が?」
男は信じられないという顔をしたが、俺と目が合うと話しかけてきた。
「人族の少年、君は、どこから来たんだ?」
「ある事情でこの世界に転移したら、向こうにある台地の上に出た」
「台地って、そこからここまでには、森があっただろう」
「ああ、あったな」
「あれを抜けてきたのか?」
「ああ、そうだが」
「ありえない。
人族の身で、『
「その『終の森』というのは何だ?」
「……そんなことより、お前たちの目的は何だ?」
「さっき言ったように、俺たちは、予期せぬ転移に巻きこまれて、この世界に来ている。
竜人の国があるなら、その
「迷い人か。
度胸があるやつだ。
そんなことをすれば、どうなるか分かってるのか?」
「どうなる?」
「
「竜闘?」
「お前のような者が現れた時に行う儀式だ。
ドラゴニアを代表する戦士たちと戦うことになる」
「で、負けたらどうなる」
「さっき言ってた、『終の森』に放置される」
「じゃ、俺には意味が無いな。
勝ったらどうなる?」
「竜人の世界で認められることになる。
もし、勝てたらの話だがな」
なるほど、ここでは強いことに価値があるみたいだな。分かりやすくていい。
「すまんが、こいつらを運ぶのを手伝ってくれるか?」
ああ、地面でジタバタしてる三人を忘れてた。
潰れた拳に治癒魔術を掛けてやる。落ちついた三人を、木目模様をつけたボードの上に乗せる。
「こ、これは、何だ?」
「俺の魔術だ。
どこに運ぶ?」
「すまないが着いてきてくれ。
俺はルンド。
君の名前は?」
「シロー、こっちがポル」
こうして、俺たちは、竜人の村に向かうことになった。
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