第8話 ちょっとしたハプニング(下)


 俺が大広間に現れると、大勢の黒服が集まり、なにやら話しあっていた。

 長テーブルの向こうには、頭を抱えた畑山さんの父親がいる。


「呼んだか?」


 俺が声を掛けると、黒服が一斉に、こちらを向いた。


「あんた、どうやってここへ。

 たった今まで、〇〇市にいたはずだが」


「そんなことは、どうでもいい。

 用件があるなら、早く話してくれ」


 畑山さんの父親が、あごをしゃくると、黒服全員が部屋から出ていった。


「敵対組織の奴らが、翔太を誘拐した」


 なるほど、畑山さんの弟がさらわれちゃったのか。


「ワシは、あいつの命はもう無いと思うとる。

 じゃが、麗子の言葉を信じて、一縷いちるの望みを、お前に託してみることにした」


 ああ、畑山さん、「困ったことがあったら史郎に」なんて言っちゃってたからね。


「何とかなるか?」


「その組織の一人でも、捕まえられるか?」


「ああ、下っ端なら、もう捕まえてある。

 じゃが、息子の居場所は、知らんようだぞ」


「構わない。

 そいつを俺に貸せ」


「頼むぞ」


 俺は、黙って頷いた。

 畑山さんの父親が手を打つと、黒服が一人入ってきた。彼が、耳打ちすると、黒服は、すぐに出ていった。 

 それほど経たずに、顔を凸凹にしたスキンヘッドの男を連れてくる。そいつは、白いスーツを着ていたが、それが赤黒く血に染まっていた。


「じゃ、こいつはもらったぞ」


 畑山さんの父親は、テーブルに両手と頭をつけた。

 昨日、俺が穴を開けたままになってる通路を通り、外に出る。男は点魔法で引っぱっている。

 透明化の魔術を掛け、上空へ。空の上で透明化を外す。


「ひーっ!!」


 男は、今まで目をつぶっていたらしい。まあ、初めてなら怖いだろう。


「お前、どこから来た? 

 そこに帰してやるぞ」


 男は黙っている。

 俺は、少しの間、奴を自由落下させた。気を失った奴に治癒魔術をかけ、意識を取りもどさせる。ついでに顔の傷も治してやった。


「な、治ってる……」


 顔を触った男が驚いている。


「もう一回落ちとくか?」


「いや、やめてくれ! 

 あんた、本当に俺を助けてくれるんだな」


「ああ」


「じゃ、済まないが、あっちの方に連れていってくれるか」


 男は、自分が宙に浮いていることに、それほど違和感を感じていないようだ。驚いているからか、頭が鈍いのか、はっきりしないが、今はどうでもいいだろう。

 男が指さした方に向け飛行する。


「あっ! 

 この辺でいい」


「そうか。

 じゃ、降ろすぞ」


 俺は上空に浮かんだまま、奴だけを地上に降ろした。男はこちらを見あげ手を振ると、すぐに駆けだした。

 彼には、特別な設定を施した点をつけてある。


 後は、待つだけだ。


 ◇


 上空で待機中の俺は、点魔法でパレットを作り、それを見ていた。


 パレットの上には、いくつか赤い点がある。それは、逃がしてやった男が接触した人物を表している。その人物が接触した者にも点がつけられる。パレットの画面には、急速に点が増えつつあった。


 数か所、点が密集している場所がある。俺はその場所の映像をもう一つのパレットに送った。


 一つ目は外れ。食品加工工場か何かだろう。沢山の人が働いている。


 二つ目で、目標が見つかった。廃工場のようなところに白服が集まっており、手足を縛られた男の子が、地面に横たわっている。まだ、暴力は振るわれていないようだ。


「奴ら、取引する気になったか?」


「いえ、ボス。

 まだです」


「こいつの指を一本、送ってやるか」


 白服たちの中心に立つ、パナマ帽をかぶった男が合図すると、二人の男が少年の横に膝をついた。

 一人が縛っていた少年の手を縄からほどき、その片手を自分の立膝の上に乗せる。もう一人は、懐から大振りのナイフを取りだした。

 その男が、膝の上に置いた少年の手を開き、小指を伸ばさせる。

 グッとナイフを下に降ろした。


「あれ? 

 切れねえ?」


 隣に立っていた白服が、呆れたように言う。


「何やってんだ。

 貸してみろ」


 男からナイフを手渡された白服が、勢いよくナイフを振りおろした。


「……切れねえ。

 どうなってんだ、こりゃ」


 俺は、奴らのどまん中に、姿を現した。


「だ、誰だ、おめえ!」


 ボスが叫ぶ。

 俺は奴の方を向き、静かな声で言った。


「この子には、何の関係もないだろう。

 こういうのを、なんて言うか、知ってるか?」


 男たちは、驚きで頭が働いていないようだ。俺は、その頭にでも分かるように、ゆっくり話してやった。


「理不尽だよ。

 こういうのは、理不尽って言うんだ」


「う、うるせえ! 

 そ、それが何だってんだ!」


 いいね。このボス。


「理不尽を振るうっていうのは、自分も理不尽を振るわれる、その覚悟があるってことだな」


「や、やかましい! 

 やっちまえ!」


 男たちが、ふところからナイフやピストルを出す。

 まあ、こちらにとっては、「これが利き手ですよ」って教えてくれてるだけなんだけどね。


「う、動かねえ!」

「なんだ、何が起こった!?」


「これが理不尽だ。

 お前たちが、やろうとしていたことだよ。

 その腕は、二度と動かないぞ。

 まあ、お前らの事だ、これだけじゃ、反省はしないだろう。

 片足も、もらっとくぞ」


 全員が、その場に崩れおちた。

 うるさいから、頭を蹴り、気絶させておく。

 男の子を縛っていたロープを切り、立たせてやる。


「助けてくれてありがとう」


 気丈にも、涙すら見せず、彼はお礼を言った。


「翔太君、痛いところはないか?」


「はい! 

 大丈夫です。

 あの……、ボーさんですよね」


「あれ? 

 俺のこと、知ってるの?」


「はい! 

 お姉ちゃんが、面白い人がいるって、写真を見せてくれました」


 まあ、どうせ加藤の背後に、小さく俺が映ってるやつだろうけどね。


「じゃ、帰ろうか」


「はい!」


 俺は、彼を抱えると、点魔法で畑山邸の大広間に瞬間移動した。


 ◇


「翔太坊ちゃん、ご無事でしたか!」

「よかった!」


 黒服たちが、翔太君に群がる。

 俺は、机のこちら側から動かなかった。だいたい、土足だしね。


「麗子の言う通りだった。

 さすがは、ワシの娘だ」


 おじさんは、翔太君を膝に乗せ、こちら向きに座らせると、頭を下げた。


「また、世話になったな。

 かたじけない」


 今度は、黒服たちも、頭を下げている。


「あー、ついでだから」


「のう、お前、麗子の事、どう思っとる?」


 美少女の、怖いお姉様かな。


「よければ、あいつのことを……」


 彼が何を言いたいのか分かったので、口をはさむ。俺の足元には、すでにポータルの黒いもやが立ちはじめていた。


「麗子さんには、すでに愛する人がいますよ」


 ガタっと立ちあがる、畑山さんの父親。


「ボーさん、ありがとう!」


 俺が地球世界で最後に聞いたのは、翔太君の明るい声だった。


 ◇


 その頃、学校では、テストの採点で遅くまで居残っていた林が、欠伸あくびをしていた。


「ふぁ~っ。

 おっ!」


 突然、目の前に自分のスマートフォンが現れた。

 手に取ると、背面に何か貼ってある。それは、史郎たち四人の縮小写真だった。ピンクのハートや、銀色の星をつけ、プリクラっぽくしてある。

 坊野のやつ、相変わらずだな。


 林は、それを眺めると、仕事の疲れが吹きとぶような気がするのだった。


 後にこのプリクラもどきが、大変なトラブルの種となるなど、史郎も林も思わなかった。


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「地球一時帰国編」終了 「竜人世界ドラゴニア編」に続く。





 












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