第4話 報告 畑山家


 俺は、舞子の両親から教えてもらった住所目指し、空を飛んでいた。


 俺が知っているのは、高校に通うのに彼女が借りてるマンションの場所だけで、彼女の両親は、そこに住んでいない。住所は、港町として知られている、地方都市のものだった。高校がある町から二百キロ程、離れている。

 点ちゃん1号で、目的の都市上空まで飛び、透明化の魔術で自分の姿を消しておき、家の場所を突きとめた頃には、辺りが暗くなっていた。


 畑山家は、いわゆる豪邸に住んでいた。長い壁に囲まれた平屋の和風建築が、彼女の実家だった。

 俺は、疲労を振りはらい、壁のブザーを押した。


「どなたでしょう」


 恐らく使用人だろう、事務的な声がした。


「ええと、麗子さんのクラスメートです。

 彼女の情報を、持ってきました」


「ちょ、ちょっと待ってください。

 動かないで。

 お願いですから、そこにいて下さい」


 すぐにブザーが鳴り、勝手口が開く。


「どうぞ、中へ」


 メイド姿の女性が人目をはばかるように、俺を中に引きこむ。


「どうぞ、こちらから上がってください」


 恐らく使用人が使うであろう入り口から中に入った。


「麗子お嬢様は、お元気ですか?」


 見たところ三十代後半と思われるメイドが、不安そうに尋ねる。


「ええ、元気ですよ」


「よかった!」


 彼女は、ホッとした顔をした。

 十畳ほどの、殺風景な部屋に案内される。ここって、物置じゃないの? 

 メイドは、気まずそうな顔をして出ていく。まあ、こんな展開も、あるかもしれないとは思ってたけどね。

 入ってきたドアが開くと、ガラの悪い男が五人、姿を現した。


「お嬢さんの名前をかたったのは、お前か?」


 一番年かさの、黒いスーツを着た男が言う。


「かたった?」


「ネタは、上がってんだよ。

 大方、お嬢さんの名前をダシに、金でもせびりに来たんだろ。

 お前ら、この坊っちゃんに、十分、反省してもらえ」


 ごつい体の男たちが、俺をぐるりと取りかこんだ。


「あんたら、俺が畑山さんの情報を本当に持ってるか、調べなくていいのか?」


「ははっ、馬鹿を言うな! 

 お前で、三人目なんだよ」


 黒服が顎をしゃくると、一人が殴りかかってくる。動きからして、ボクサー崩れかもしれない。


 ガンッ♪ 俺に拳が当たる。


 ボキッ♪ 手の骨が折れる。


「ぐあっ」♪ 悲鳴を上げる。


 ガキッ♪ 別の男が、匕首あいくちで、突きかかってくる。


 ボキッ♪ その腕が折れる。


「ぐえっ」♪ 悲鳴を上げる。


 あっという間に、四人が床でくの字になった。

 一人だけ残った黒服が、懐から匕首を出す。腰だめに構えて、こちらに突っこんでくる。

 俺は、奴の顔に当たるところに、を固定しておいた。


 ギンッ♪ 匕首が俺の身体に弾かれる。


 ボキッ♪ 奴の腕が折れる。


 ガン♪  俺の肘が奴の顔をとらえる。


「ぐっ」♪ 奴がうめき声を上げる。


 痛そうだね。顔を押さえているよ。


 黒服が手に持っていた匕首は、二つに折れて、床に転がっていた。


 ◇


 俺は、そいつらを放っておき、屋敷の中を探すことにした。


「畑山さんの、お父さん、お母さん。

 娘さんの情報を持った少年が、やって来ましたよ~♪」


 獣人世界で猿人族のおさが使っていた、拡声用の魔道具を使った。広い闘技場全てに音が響くくらいだから、恐らく近隣の家、全てに音が届いたはずだ。

 慌てた足音が、パタパタと近づいてくる。さっきのメイドさんだ。


「ど、どうぞこちらへ」


 長い廊下をクネクネ曲がり、大きな和室の前まで案内される。

 メイドさんが襖(ふすま)を左右に開くと、二十畳くらいの和室に、長いテーブルが手前と奥、二つ並べて置いてある。その向こうに、一人の男が座っていた。年齢から見て、彼が、畑山さんの父親だろう。


 奥側のテーブル左右には、約十人ほどの黒服が控えていた。みんな、ギラギラした目で、こちらを睨みつけている。

 あー、畑山さんのお父さん、何の仕事か、分かっちゃったかも。


 俺は、長い机のこちら側に立っていた。

 和服を着た、畑山さんの父親らしき男は、黙っている。

 俺は、テーブルの上を歩きだした。


「てめえ! 

 何のつもりだ!」


 末席の黒服が叫んで、立ちあがる。懐に手を入れている。


「え? 

 これって、廊下じゃないの?」


 和服の男を除き、黒服たちが、ガタっと立ちあがる。


「これの何処が、廊下に見える!」


 最初に立ちあがった若手の黒服が、懐に手を入れたまま近づいてくる。


「あれ? 

 みなさんが黙ってるから、まだ廊下かと思ったんだけど」


 俺はそのまま歩いて、テーブルのまん中あたりまでやって来た。若手とは、目と鼻の距離だ。


「座れ」


 座ったままの男が、低い声で言う。


「しかし、親分!」


 若手の隣に座っていた黒服が、おもむろに立ちあがると、思いきり若手を張りたおした。


「てめえ、親分に、口ごたえする気か!」


 着物の男が、テーブルの上をコツコツと叩くと、男たちは一斉に座り、頭を下げた。


「お前さん、麗子の情報持ってきたって? 

 そりゃ、本当か?」


「ああ、本当だ」


 立ちあがり、列に戻った若手の歯が鳴る、ギリッという音がした。


「嘘なら、覚悟はできてるんだろうな」


「嘘じゃないから、覚悟なんかしてないよ」


 並んだ黒服たちの背中が、ブルブル震えている。


「まあ、話してみろ」


 俺は長いテーブルのまん中に立ったまま、異世界転移から城に着くまでの話をした。


「お前、それをワシが、信じると思っとるのか」


「そんなこと、俺の知ったことではない。

 俺は、彼女のメッセージを、父親と母親に伝えるだけだ」


 黒服たちのブルブルが、凄いことになっている。あの背中に座ると、マッサージチェアの代わりになるんじゃないか?


『(?ω・)ノ ご主人様ー、マッサージチェアって、何?』


 ああ、点ちゃん。座るとブルブル震える椅子だよ。


『(*'▽') 変なのー』


 確かに、よく考えると、変な椅子かもしれない。あ、おじさんとの話が続いてたっけ。


「メッセージだと?」


「ああ、今から映してもいいか?」


「やってみろ」


 俺は、点魔法のスクリーンを広いフスマに貼りつけると、畑山さんの映像を映した。画面には、「王の間」で玉座に着いた、美少女の姿があった。


「父さん、母さん、元気ですか。

 そこにいる史郎に、メッセージを託します。

 ボー、若い衆にイジワルしちゃだめよ。

 あんたには、かないっこないんだから」


 あちゃー、もう五人もやっちゃたよ。まあ、俺は、ほとんど何もしてないんだけど。


「私は、今、パンゲアという世界にいます。

 ここは、アリストという国で、私は国王を任されてるの」


 彼女は、さっと手を広げる。宝石で飾られた、女王の衣装が、キラキラ光る。


「これは、私の意思で選んだの。

 だから、とても充実した毎日を過ごしてるわ」


 彼女は、そこで言葉を切った。


「もし、そちらに帰れることになっても、もう帰る気はないの。

 この国の人たちの生活が、私の肩に掛かってるから」


 畑山さんの父親は、その映像をじっと見ていた。


「その史郎は、私と一緒にこの世界に来た友人なの。

 もし、困ったことがあったら、彼に相談するといいわ。

 ただし、こちらの世界に来させろっていう頼みはダメ。

 それは、彼にも、まだ出来ないから」


 和服のおじさんが、じろりと、こちらを見る。

 怖いから、やめてくれない?


「彼には手紙も頼んであるから、お母さんに読んでもらって。

 じゃ、二人とも、体に気をつけて。

 翔太にも、よろしくね」


 映像は、そこで終わった。そういえば、翔太という弟がいると、畑山さんから聞いたことがある。

 和服のおじさんが、机に両手をつくと、俺に頭を下げた。


「すまねえ」


「おやっさん!」

「おやじ!」


 左右に座る黒服から、声が掛かる。しかし、彼は、頭を上げなかった。


「娘のメッセージを命懸けで持ってきた恩人に、無礼をしちまった。

 この通り、許してくれ」


「ああ、気にしないで」


 俺は机から降りると、黒服の後ろを回り、おじさんのところまで行く。黒服たちが、立ちあがろうとするが、おじさんの一言で、動きが停まった。


「動くねい」


 点収納から、畑山さんの手紙と点魔法で撮った写真を出し、渡してやる。それを両手で受けとったおじさんは、再び頭を下げた。


「じゃ、帰るよ」


「泊っていかんか。

 麗子の話をもっと聞きたい」


「いや、まだ行くところがあるんだ。

 それに、俺、ヤクザ大嫌いだし」


 黒服たちが立ちあがる前に、おじさんの笑い声が場を圧した。


「わははは。

 そうか、大嫌いか」


「ああ、俺の母親は、ヤクザが抗争中、その流れ弾を受けて死んだ」


 そう普段の口調で言うと、おじさんの目をじっと見た。

 彼は笑うのを止め、ぶるっと身を震わせると、こう言った。


「いいか、お前ら。

 この人には、絶対、手え出すんじゃねえぞ。

 ワシも、かなり修羅場をくぐってきたつもりだが……。

 この人のは、俺たちのとは、比べ物にならねえみてえだ」


「じゃ、もう来ないから。

 さようなら」


 俺はきびすを返すと、そのまま畑山さんの実家を出る。めんどうくさいから、自分が通るところにある壁やふすま、ガラス戸は、全部点魔法で消しておいた。


 俺は夜に紛れて空に飛びあがると、自分の実家に向かった。

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