第54話 フェアリスの涙


 俺たちは、獣人世界ケーナイのポータルを潜り、パンゲア世界にある、アリスト国鉱山都市のポータルに出てきた。


 いつも案内役を務める少年が、俺たちを階段へと導く。


「こ、こちら・です」


 少年は、ぎこちなく声を出す。

 俺は礼を言い、彼の頭を撫でると、階段を下りる。皆が後に続く。


 ギルドのドアを開けたが、マックの出迎えは無かった。今回は、ケーナイのギルドへ挨拶もせず、すぐにポータルを渡ったからね。


 俺は、鉱山都市ギルドの建物前に、点ちゃん2号を出した。バス型なので、全員が乗っても大丈夫だ。とりあえず、アリスト王城の城下町にあるギルドへ向かう。

 異世界が初めてのフィロさんとコリーダは、興味深げに外を眺めている。

 点ちゃん2号は、ものすごい勢いで道を飛ばす。

 地面から浮いているから、いくらでもスピードは出るんだけどね。


 ものの三十分ほどで、ギルドに着く。


 ◇


 点ちゃん2号を消した俺は、フィロさんとちょっと打あわせすると、いつも開いているドアから中に入った。


「おっ! 

 ルーキー、久しぶりだな」

「お前、ルーキーは、やめろや。

 黒鉄くろがねのシローだぜ」


 冒険者たちから、さっそく歓迎される。いつものギルドだ。

 奥から、ギルドマスターのキャロが出てくる。今回、エルファリアの地で分かったけれど、彼女は、フェアリスという種族だった。


「キャロ、ただいま」


「シロー! 

 帰って来たのね。

 向こうでの活躍は、ミランダ様から聞いてるわ。

 うちの黒鉄ランク二人が大活躍して、私も鼻が高いわよ」


「シロー、あんまりキャロちゃんに、心配かけんなよ!」

「ああ、そうだぞ。

 次に心配かけたら、お前の代わりに俺が依頼受けるからな」

「って、お前、まだ銀ランクじゃねえか!」

「そうだった、がははは」


 俺は、今まで散々驚かされてきた、そのお返しをすることにした。


「キャロ、目を閉じてくれる?」


「何だろう。

 何かくれるの?」


 俺が合図すると、フィロさんが闇魔術を解き、キャロの前に現れた。キャロは目を閉じているから、気づいていない。冒険者たちは、ざわついているけどね。


「目を閉じたまま、手を伸ばしてごらん」


 キャロが素直に手をのばす。フィロさんの肩に手が触れる。手を次第に上げ、両手で彼の顔を挟むようにする。


「なに、これ、もしかして……」


「キャロ、元気だったかい?」


 フィロの言葉だけで、十分だった。

 キャロは、目も開けず、父親の胸に飛びこんだ。


「お父さん!!」


 二人とも、涙で顔がぐしょぐしょだ。


「シロー! 

 お前、キャロちゃん、泣かせたな!」


 事情がよく分かっていない冒険者は、カーっと頭に血が昇っている。


「馬鹿っ、シローが、キャロちゃんのオヤジさんを連れてきたんだよ」


「え、そうだったの? 

 ごめんごめん」


 受付のお姉さんが出てきて、二人を個室に連れていく。


 ◇


「シロー、エルファリアに行ってたんだろ? 

 向こうでの事、聞かせてくれよ」


 冒険者たちが、期待を込めた目で、こちらを見てくる。

 長くなりそうなので、リーヴァスさんに頼んで、ルル、ナルとメル、デロンチョコンビ、コリーダ、コリンをうちへ送ってもらう。


 この世界に置いておいた点を使い、すでに庭の隅に小さな『土の家』を作ってある。

これは、デロンチョ用だ。

 ギルドに居ながらにして、そういうことができるのだから、点ちゃんは、本当にすごい。


『~(*´∀`*)~ ほえ~』


 俺が話しても、ぱっとしないだろうから、コルナに代役を頼む。

 小柄な彼女は、靴を脱ぎ、丸テーブルの上に立つと話しはじめる。


 冒険者たちは、一気に話に引きこまれた。皆、上気した顔で、彼女が次の言葉を口にするのを待っている。

 コルナは、スキル関係や娘たちの変身など、話せないところは省いて物語る。

 皆、その場にいるような感覚で聞いているようで、一斉にしゃがんだり、体を傾けたりするのが面白かった。

 途中、討伐から帰ってきた、ハピィフェローの面々も、聞き手に加わる。


 みんなのテンションが最高潮に達したのは、戦闘より恩賞の場面だった。

 リーヴァスさんが、名誉侯爵位と土地をもらったところで、大歓声が上がる。この辺、実利にさとい、冒険者らしいよね。

 コルナも自身の恩賞の所で、拍手喝さいを受け、くるりと回って礼をしている。

 ルル、ナル、メルの恩賞の場面になると、叫び声が上がる。


「王族の宝石、選び放題!!

 すげー!」

「なんて、うらやましいのっ!」

「シロー、宝石見せてくれよ」


 ルルが持っていると断り、その場をごまかす。宝石一つが金貨一億枚とか言ったら、みんな気絶しちゃうからね。


 コルナの話は、俺が恩賞を受けた場面に差しかかる。皆が身を乗りだし聞いている。俺が名誉騎士になったと聞いた途端、ブーイングが起こった。


「なんだそりゃ。

 土地も、もらえねえのかよ」

「食えねー称号だな」


 ひどい評価だね。まあ、俺も同感なのだが。


 話が、目録のところへ来る。皆の目が、爛々らんらんと輝きだす。

 俺が剣をリーヴァスさん、鎧をルル、杖をコルナにあげたと聞くと、罵声まで飛んだ。


「なにやってんだ、もったいねえ!

 宝物庫のお宝なんだろ?

 俺だったら、売って儲けるのに……」

「馬鹿だねー、欲が無いにも程があるぜ」


 俺がコルナの『月の杖』を出し、それを彼女に渡すと、歓声が上がった。


「すげえっ! 

 どう見ても伝説級だぜ」

「あんな杖、見たことねえな」

「すごいよ、ボクも欲しいな」


 最後のセリフは、ハピィフェローの魔術師ナルニスだな。


 杖を掲げたコルナが、最後の恩賞の話を始める。杖に治癒魔術の光をまとわせ、それを振りまわすという力の入れようだ。

 冒険者たちは、夢中で聞きいっている。


「そして、シローはエルフの姫君に向かい、こう言ったのです」


 コルナはここで、タメを入れた。


「では、『鳥かご』を出て、大空に羽ばたきましょうか」


 一瞬の静寂の後、爆笑が巻きおこる。


「いくら何でも、その口説き文句はないよな」

「ナイナイ」

「ひでえセリフだな~」


 みんな、ボロクソに言ってくれる。

 そこで、ブレットがぼそりと言った。


「けど、それって、エルフの姫君を手に入れたかもしれないってことだろ」


 場が、シーンとなる。しばらく静寂が続いた後、ブレットが恐る恐る俺に尋ねる。


「シロー、相手の姫君は、どう答えたんだ?」


 俺は観念して、正直に言った。


『ええ、一緒にね』


 男どもから、特に独身の男どもから、ブーイングが沸きおこる。


「ありえねー!

 さっきの口説き文句で、受けちゃうのかよ」

「リア充死すべし!」

「ルルちゃんは、どうなるんだよ」

「そういえば、さっき戸口のところに、褐色の肌をした、もの凄く綺麗な娘さんがいたけど、まさか、あれが姫君じゃないよな」

「あの美少女なら、俺は、シローを一生許さん!」

「そうだ、男の敵だ!」


 絶体絶命の窮地に、天の助けが現れた。


「みなさん、そのくらいしてあげてね。

 シローは、私のお父さんを連れてきてくれたんだから」


 キャロの言葉で、みんなのテンションが緩む。


「キャロちゃんの頼みじゃ、断れねえな」

「くそう、もうすこしでリア充を……」

「ま、ここは、キャロちゃんに免じて勘弁しとくか」


 なんか、最後は俺が悪人で、なんとかみんなから許されたみたいになっちゃった。


『( ̄ー ̄) だから、ご主人様は、悪人なんだよー』


 えっ、点ちゃんまで……。俺に味方は、いないのか。


 せっかくだから、みんなにフェアリスの酒を出してやる。

 一口飲んだキャロが、歓声を上げる。


「懐かしい味! 

『フェアリスの涙』ね」


「「ええっ!!」」


 酒に詳しい冒険者から、驚きの声が上がる。


「そ、それって、『妖精酒』のことですよね」


「ええ、そうよ。

 でも私たちの間では、『フェアリスの涙』で通ってるわ」


 キャロが説明すると、唸り声が上がる。

 酒に詳しくない冒険者が尋ねる。


「それって、凄いのか?」


 隣に立っている、ベテラン冒険者が、自分のグラスを指さす。


「まあ、これで金貨一枚(約百万円)は下らんぞ」


「「ええっ!!」」


 俺も一緒に声を上げてしまった。そんなに高いのか。

 もしかして、それを『ポンポコ商会』が、一手に扱うとなると……。


 とんでもない事になるんじゃないか?

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