第16話 闇から生まれし子


 エルフの王城イビス東方の森を、恐ろしい速さで駆ける影があった。


 長いこげ茶色の髪をなびかせ走るその姿は、『風の精』シルフのようにも見えた。

 耳が横に突きでているのは、エルフと同じである。

 しかし、その肌の色は、黒に近い褐色であった。


 彼女の名前は、メリンダ。

 ダークエルフで並ぶ者がいない闇魔術の使い手である。


 彼女は、美しい眉を寄せ、険しい顔をしていた。

 重要な任務がうまくいかなかったからだ。

 東部の集落を魔獣に襲わせる予行演習は、大成功だった。

 ところが、本番、つまり、エルフの王都を襲う段になって、なぜか、自分が操っていた魔獣たちが、突然そのコントロールから外れたのだ。


 半年前から時間をかけ、闇魔術で魔獣を馴らしてきた。

 彼女は、完全に魔獣の大群を掌握していると思っていた。

 しかし、その自信は、失敗の前にもろくも崩れさった。


 何がいけなかったのか。

 魔獣に森の中を走らせるうちに、闇魔術が解けたのだろうか。

 多くの魔獣が、ひとところに集まったことで、魔術が弱まったのだろうか。原因はいろいろ考えられたが、ほとんど全ての魔獣の術が解けたことが、どうにも理解できなかった。


 彼女は、ひときわ大きな木の下で立ちどまると、懐から通信用魔道具を取りだした。


「メリンダです。

 作戦は、失敗です」


『何だと! 

 今まで、どれほどの力をこれに割いたと思ってるんだ!』


 上司の声は、容赦が無い。


「魔獣たちのコントロールは、順調でした。

 しかし、なぜか、突然、術が解けてしまいました」

 

『言い訳など無用だ。

 至急、帰投せよ』


 通信は、ぷつりという音を立て、切られた。

 その音を聞いて、自分は役目を追われることになると、彼女は確信した。

 過酷な故郷の環境を思いだし、またそこへ帰らなければならない無念さと、任務の成功を祈ってくれた家族や友人への申し訳なさで、気丈な彼女の頬を涙が伝う。

 どうして、こんなことに。


 メリンダは重い足を踏みだし、再び森の中を走りはじめた。


 ◇


 俺は、エルフ王の執務室へ呼ばれていた。


 東の森を見渡せる大きな開口部を持ったその部屋は、緑を基調にした落ちついた調度で飾られていた。

 十二畳ほどだが、遥かに広く感じられる。

 どっしりした黒いデスクを挟んで、陛下と俺は、向かいあって座っていた。


「シロー殿、度重なるご助力、誠に感謝する」


「お気になさいませんよう。

 それより、何のご用でしょう」


「うむ。

 魔獣の暴走について、話しておきたいことがある」


 陛下はそう言うと、意を決したように話しはじめた。


「本来、このことは外へ漏らせぬことなのだが、シロー殿なら構わぬだろう。

 魔獣の暴走に、魔術が使われていたということだが、それについて心当たりがある」


「魔術を掛けた者をご存じなのですか」


「うむ。

 確かとまではいかぬが、おそらくダークエルフだろう」


「ダークエルフ?」


 俺は、初めて聞く名前に当惑していた。

 アリストの禁書庫で、エルファリアについての記述を読んだ時、そのような名前は出てこなかった。


「かつて、『東の島』南部に住んでいた種族でな。

 公には、絶滅したことになっておる」


「なぜ、その種族が魔獣を操ったと思われるのですか?」


「エルフは風魔術が得意だが、ダークエルフは、風魔術に加え、闇魔術が得意な者が多いのだ。

 そして、闇魔術には魔獣をコントロールする術がある」


「彼らは、絶滅していないのですね」


「うむ。

 何年かごとに、この国を揺さぶるような出来事を引きおこしておる」


「どこかで生きのびているということですね?」


「そうじゃ。

 だから、今までに何度も捜索隊を送った。

 しかし、南部をどれほど探しても、彼らの痕跡は無かったのだ」


「他の大陸に隠れ住んでいる可能性はありませんか?」


「『北の島』は、まず考えずともよかろう。

 彼らが、現れたなら目立つからな。

 そして、『西の島』も、彼らが住めるような環境ではないはずなのじゃが……」


「陛下は、もし、彼らが住んでいるとしたら、『西の島』だとお考えなのですね?」


「それ以外、考えられぬ。 

 もしかすると、ダークエルフは、かの地の過酷な環境に適応する方法を見つけたのやもしれぬ」


「彼らは、なぜ『東の島』南部を追われたのですか」


 陛下は、しばらく黙ったままだったが、やっと重い口を開いた。


「迫害じゃ。

 我が祖先は、ダークエルフを『闇から生まれし子』と呼んで追いたてた」


 悲痛な顔をしているところを見ると、彼はそれを良しとはしていないようだ。


「なぜ、そのような事に?」


「彼らは、肌の色や文化が我らと違っておった」


 たったそれだけの事。

 それだけで迫害が起きるのは、地球の例を見れば明らかだ。


「陛下は、彼らが受けた迫害をこころよく思われていないのですね?」


「うむ。

 我が妻の一人も、ダークエルフであった」


「第二王妃様ですか」


「そうじゃ。

 コリーダから聞いておったか」


「いえ。

 うかがってはおりません」


「ワシは、もしできるなら、ダークエルフと共存したいと考えておる。

 しかし、貴族のほとんどは、いまだに彼らのことをよく思うておらん」


 なるほど。コリーダは、母親が殺されたと言っていたが、その辺に何か原因がありそうだ。


「シロー殿、何とかダークエルフを探しだしてくれぬか。

 これは、ギルドへの指名依頼としようと思うが、その前に、まず話をしておこうと思うてな」


 陛下の真摯しんしな気持ちが伝わってくる。これは、断りにくいな。

 しかし、依頼を受けるとしても、かなり困難な任務になりそうだ。


「分かりました。

 リーヴァスさんとも相談の上で決めることになりますが」


「よろしく頼む。

 何もかも任せてすまぬな」


「依頼をこなすのが冒険者です。

 陛下は、お気兼ねなさる必要はありません」


「感謝するぞ」


 エルフ王は立ちあがり、机のこちらに出てきくると、俺の手を両手で握りしめた。


 ◇


 俺は部屋に戻ると、エルフ王からの話を家族に伝えた。


「そうですか。

 ぜひ受けてさしあげなさい」


 リーヴァスさんは、乗り気のようだ。

 俺は、ルルの方を見る。


「私も、賛成です」


 ルルも、賛成か。


「コルナは、どう思う?」


「難しい依頼だけど、お兄ちゃんなら何とかなるでしょ?」


 おいおい、俺任せかよ。

 まあ、全員が乗り気なら、もう迷うことはないな。

 俺は部屋の入り口に控える騎士に、陛下への伝言を頼んだ。

 ギルドへ依頼が出されるまでは、娘たちの相手をしよう。


 俺は、ナルとメルを連れ、城の庭園へ向かった。

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