第12話 鳥かご


 モリーネ姫とコルナが、あずま屋に駆けつけた時、そこにはすでに、瓦礫がれきの山があるだけだった。


 空には、まだワイバーンが飛びまわっている。

 まっ青になったモリーネ姫が、瓦礫を持ちあげるために風魔術を唱えようとする。

 しかし、コルナがそれを制止した。


 木立から、ポリーネ姫、ナル、メルの三人が現れる。


「ポリーネ、出てきてはダメ!」


 モリーネ姫が叫ぶが、ポリーネ姫は動かない。

 瓦礫となったあずま屋を目にし、立ちすくんでいる。

 ナルとメルが空に向かって何か叫んでいる。


「あなたたちも、いったい何を……」


 モリーネ姫が、そう言いかけた時、ワイバーンが、高度を下げ、こちらへ向かってきた。

 頭のすぐ上をかすめ飛ぶワイバーンに、モリーネ姫は思わずしゃがみこんでしまう。しかし、次に目にした光景は、信じられないものだった。


 ナルとメルの周りを取りかこむように着地したワイバーンが、頭を下げているのだ。

 頭を下げるというより、ほとんど地に着けている。ナルとメルが、何か言いながら、その頭を撫でてやっている。

 二人の少女が、まるで女王のようにワイバーンを従えている姿は、誰が見ても信じられないだろう。

 あずま屋の周囲にいた騎士たちも、凍りついたように動きを止めている。


 ナルがあずま屋の方に近づいて、いつもの声で呼びかける。


「パーパ」


 瓦礫の片方が持ちあがり、下から、マリーネ姫、シレーネ姫、ルル、リーヴァスの順に現れる。


 最後に、史郎が出てきた後、瓦礫は一瞬で消えてしまった。


 ◇


 俺は、飛びついてきたナルを連れ、ワイバーンに近づいた。

 ワイバーンが騒ぎはじめたが、メルの短い一言で、すぐに大人しくなった。


「パーパ、みんな魔術で操られてたんだって」


 メルが報告する。

 どうやってワイバーンと会話したのか知れないが、さすが古代竜だ。まあ、古代竜からしたら、ワイバーンなどありのようなものだろう。

 五匹のワイバーンは、ナルとメルに撫でられると、「グルルル」と気持ちよさそうな声を出している。


 騎士の一人が剣を抜き、ワイバーンに切りかかろうとした。

 ナルが両手を広げ、その前に立ちふさがる。

 激昂した騎士が、剣を振りおろそうとした。

 ナルの小さな手が、その鎧を軽くちょんと押した。

 騎士は、剣を振りおろしかけた姿勢のまま、水平に飛んでいった。

 そのまま、彼方の植えこみに突っこむ。

 さっきまで一緒に遊んでいたポリーネ姫をはじめ、王女たちは呆然とその光景を眺めている。


「シレーネ様」


「は、はい」


「このワイバーンは、俺に預からせてもらえませんか」


「しかし、それでは騎士が納得しないでしょう」


「誰がワイバーンを操っていたか。

 その事を知るためにも、生かしておかなくてはなりません」


「まあ、それは、そうですが……」


「パーパ、この子たちを助けてあげて」


 ナルが、俺にすがりつく。

 俺は、かがんでナルと目線を合わせた。


「大丈夫だよ。

 パーパに任せてね」


 俺が言うと、彼女はにっこり笑い、またワイバーンの所へ行った。

 シレーネ姫は、騎士と話をしている。


 点ちゃん、何か分かったかな?


『(Pω・) 鳥さんがお空にいる時に調べたら、魔術が掛かってたー』


 まあ、点ちゃんにとっては、ワイバーンも「鳥さん」なんだね。

 ナルが言うとおり、ワイバーンは操られていたようだ。

 犯人は、これでさらに絞られたことになる。


 俺は、自分の予想が次第にはっきりした形を成していくのを感じていた。


 ◇


 ワイバーンは、結局、俺が預かることになった。

 庭園の片隅に、大きな鳥かごのようなものを作り、そこに入れている。

 点魔法で作ると簡単なのだが、ここは土魔術で作っておいた。

 手の内は、できるだけさらさない方がいいからね。


 あずま屋襲撃の二日後、第二王女と会うことになった。

 俺は、家族に点をつけたうえ、襲撃の恐れがあることを忠告しておく。


「シロー、ナルとメルは大丈夫です。

 心おきなく行ってきてください」


 ルルは、俺の表情に何か感じるものがあったのだろう。

 そう言って送りだしてくれた。


 女性の騎士に連れられ、王城内を上がっていく。

 同じ上階への道でも、陛下の部屋に行くのとは、全く違うルートのようだ。

 点ちゃんにより、複雑な王城内のマッピングも大体終わっている。

 今、俺が歩いているのは、比較的上の階層だが、他の部屋とは「別棟べつむね」のように造られた部分だった。


 木製のシンプルなしつらえのドアの前で、女騎士が立ちどまった。

 彼女がノックをすると、中から答える声がする。


「お入りなさい」


 細いが、しっかりした声だ。

 扉が、ゆっくりと開いた。


 ◇


 薄暗い部屋は、十二畳くらいだろうか。

 王女の部屋にしては小さく、そして、質素だ。

 大きな書架が壁際に並んでおり、それがぎっしりと本で埋まっていた。

 中央には天蓋てんがいの無いベッドがあり、そこに痩せた少女が横たわっている。


 少女が手招くと、見えない位置にいた中年のメイドが、さっと近づく。

 メイドに半身を起こされ、こちらを見た王女は、俺に今までにない衝撃を与えた。

 彼女は、モリーネ姫にとてもよく似ていた。ただ、かなり痩せている。

 その痩せている顔の中で、大きな目がよけいに目立つ。それが、キラキラと輝いているのだ。残り少ない命を燃やしているような輝きだった。


「あなたが、シロー?」


「初めまして、シローでございます」


 俺は片膝を床に着き、挨拶をした。


「もっと大柄な人かと思っていたわ。

 それに、思っていたよりずっと若いのね」


 少しかすれた彼女の声は、こちらの心を惹きつける不思議な魅力があった。

 

「第二王女のコリーダよ。

 皆から、あなたの噂は聞いているわ」


 彼女が目で合図すると、先ほどのメイドが椅子を持ってきた。


「座って。

 そんな格好だと、話をする気も失せるわ」


 俺は用意された椅子に座る。

 近くで見ると、彼女の並外れたパーソナリティがさらに際立つ。それは、側にいるものを惹きつけずにはおかない磁力であり、はかなきものへの本能的な共感でもある。

 俺は、それに抵抗するように言葉を出した。


「お目にかかれて、光栄です」


「決まり文句は必要ないわ。

 何をしに来たの?」


「他の王女様とは既にお目にかかりましたから、ご挨拶をと思いまして」


 彼女は、唇の片端をきゅっと上に上げた。


「建前は結構。

 本当の目的はなに? 

 父に毒を盛った犯人を捜してるのかしら。

 それとも、妹を狙った者を探してるの?」


 ここは、お言葉に甘えさせてもらおう。


「お父様が毒を飲まされていたことをお聞きになったのは、いつのことでしょうか?」


「いつだったかしら。

 お后様から聞かされたわ」


 感情の変化は見られない。淡々と事実を述べている様子だ。

 それにしても、自分の母親を『お后様』と呼ぶのか。

 俺は、それに違和感を覚えた。


「コリーダ様は、風魔術を使えますか?」


「風魔術? 

 ええ、エルフですからね。

 それが、何か?」 


「風魔術は、誰からお習いになりましたか?」


 コリーダ姫は、俺の目をじっと見ていたが、いきなり笑いだした。


「ホホホホ!

 あなた、私を疑っているのね」


「いいえ。

 しかし、なぜ、そのように思われたのですか?」


「つかなくていいのよ、嘘は。

 病を得て床に就いてから、なぜだか人の心が読めるようになったのよ」


 俺は、誰か似たことを言っていたのを思いだそうとしていた。しかし、考えがそこにたどりつく前に、彼女が話しはじめる。


「風魔術と名前だけが、お母様が私に残してくれたものなの」


 お母さま?


「不思議そうな顔をしてるわね。

 まあ、このことは姉も妹も話してないでしょうね。

 私たち姉妹の名前から、何か気づかなかった?」


 名前? 言われてみれば、コリーダだけ名前の最後に「ネ」が付いていない。


「私はね、妾腹めかけばらなのよ。

 第二王妃が生んだのが私」


「お母様は、どうされたのですか?」


 少しの沈黙の後、コリーダ姫は低く小さな震える声を発した。


「殺されたわ」


「誰にです?」


 姫は、それには答えなかった。


「お母様はね、病気で死んだと思われているの。

 でも、本当は違う。

 殺されたのよ」


「どうして、そう思われるのですか?」


「死の間際、お母様から教えてもらったの。

 お母様は、私と全く同じ症状だったのよ。

 ヤツらは、この『鳥かご』に捕らわれた私すらも邪魔になったのね」


 コリーダ姫は、すでに平静を取りもどしていた。

 先ほどの話で、興奮したからか、頬がピンク色に染まっている。


「ヤツらとは?」


「ヤツらは、ヤツらよ」


 彼女は、そう言うと上半身をベッドに横たえた。

 さっとメイドが近より、枕の位置を整える。


「イーシャ、ありがとう」


 メイドが紛れもない拒否の視線を、こちらに向ける。

 会見は、ここまでだな。

 俺はエルフの儀礼に則った礼をすると、部屋を出た。


 来るときに案内してくれた女騎士に連れられ通路を歩く。

 途中、点ちゃんと会話する。


 点ちゃん、どうだった?


『(・ω・)ノ 王様と同じ症状だったー』


 症状の程度は?


『(XωX) かなり悪かった。

 もうすぐ死んじゃうよ』


 何? それならば、推理をもう一度やり直す必要があるか。


 陛下に毒を盛った件、そして、ワイバーンに王女たちを襲わせた件で、俺は第二王女を疑っていた。

 いや、彼女が犯人であると確信までしていた。

 しかし、点ちゃんの言葉から、犯人は別にいる可能性が高くなった。


 俺は、もう一度最初から、一連の出来事について考えはじめた。

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