第4部 賢人

第13話 賢人会


 賢人会議長である、ブラムは頭を抱えていた。


 獣人世界からの獣人輸送が、途絶えたのだ。

 学園都市世界にとり、獣人の労働力と「資源」としての役割は非常に大きなものとなっていた。肉体労働をロボットと獣人に担当させることで、人々は知的活動に専念できる。

 知的活動によって生み出された魔道具こそ、この世界の経済を支えるかなめだった。

 また、特定の獣人種から採れる素材は、魔道具はもちろん、薬から衣服、果ては建築資材として必要不可欠なものとなっていた。


 獣人世界に送りこんだ、モーゼス教授からも連絡がない。

 ここは、調査班を送るべきか。


『議長』


 そのとき、机の上に並べているシートの一つが明るくなり、若い賢人の顔が空中に浮かびあがった。


「なんだ、ケーシー」


『モーゼス教授の下で働いていた、助手が見つかりました』


「なんだと! 

 向こうで何が起きているか、分かったのか?」


『ええ。

 この助手、ソネルと言うのですが、彼女の証言で、いくつかの事実が判明しました』


「早く、説明しろ!」


 無駄口は、賢人としての資質に欠けることを意味する。


『まず、獣人確保に使っていた猿人族ですが、戦力の大半を失い、他の種族の管理下に置かれています』


「なんだと! 

 ヤツらには、十分な数の魔道具を渡していたはずだぞ!」


『魔道具を無効にする何かを他の種族に使われたのか、魔術で無効化されたのか、それは彼女も知らないようです』


「猿人族がそうなったのは、いつのことだ?」


『約二か月前です』


「二か月前だと!

 なぜ、これほど連絡が遅れたのだ?」


『そのソネルという助手は、自分の失点が取りかえしのつかないものと判断して、異世界へ逃亡しようとしておりました』


「なるほど。

 この世界に帰ってきたところを、捕まえたのだな」


『その通りです』


「その助手から、他の情報は引きだせていないのか」


『それが、猿人が戦力を失う前に、猿人の村からほとんどの村人が連れさられるという事件が、連続して起きたそうです』


「他の種族が、やったのか?」


『分かっていないようです。

 ただ、さらわれた村人たちは、全員が宙を飛んでいったそうです』


「馬鹿な!

 その女は信用できんな」


『今、その分野の専門家が、精神鑑定をおこなっています』


「なんなら薬を使ってもよい。

 脳から直接情報を引きだせ」


 そうなれば、その助手は廃人だろうが、能力のない者に価値など無い。


『分かりました』


「緊急の『賢人会』を招集してくれ。

 獣人は、何としても確保せねばならん」


『了解しました』


 宙に浮いたケーシーの顔が消える。

 ブラムは眼下に広がる、学園都市を眺めた。

 ここまで育ててきた、この都市の機能を停滞させるわけにはいかない。


 ブラムは、自慢の頭脳を高速で働かせるのだった。


 ◇


 緊急賢人会は、賢人の住居でもある『叡智の塔』で開かれた。

 その最下層の広間が会場だ。

 ここに入るには、学園都市の各部門のいずれかを首席で卒業し、しかも研究で実績を残さなければならない。

 また、特別な入会式があり、それにも合格する必要がある。

 まさに、狭き門を潜りぬけた、優れった知性だけが集まる場所だ。


 巨大な楕円形のテーブル、そのもっとも狭くなった位置に、賢人会議長ブラムが座っていた。彼の両脇に座る四人と合わせ、五賢人と呼ばれている。

 ブラムは、目の前に置かれた、クリスタル製の小さなベルを鳴らした。澄んだ音色が、空間を満たす。


「では、緊急賢人会を始める」


 テーブルの周りに座る人々が、同時に頷く。


「ケーシー、報告してくれ」


「はい。

 現在、グレイル世界からの獣人搬入が、完全に途絶えています。

 これは、獣人を捕獲するために利用していた猿人族が、他種族の支配下に落ちたからです」


 五賢人の一人が、テーブルをノックする。


「なぜ、そんなことになった。

 圧倒的な武力を持たせていたはずだろう」


「はい。

 なぜ、そのようなことが起きたかは、いまだ判明しておりません」


 別の賢人が手を上げる。


「問題は、これからどうやって獣人を確保するかですな」


 その隣の賢人が言葉を続ける。


「労働力に関しては、ロボットで代用が利かないわけではないが、魔道具の素材としては獣人が不可欠だ。

 その確保は、ぜひとも必要だ」


「この世界を支えるために、魔道具の販売は何より大切だ。

 大至急、解決策を求めたい」


 ブラムが、意見を取りまとめる。


「ロボットを送りこんで、獣人を捕獲するのはどうだろうか?」


 最近、頭角を現して来た、若い賢人ライディが提案する。


「いずれにしても、何人かは現地に派遣せねばなるまい」


 そう言ったのは五賢人の一人だ。


「すでに送りこんでいる人員は、どうなったのです?」


 若い賢者の一人が、質問する。

 これには、ケーシーが応える。


「モーゼス教授と助手一名が、消息不明です。

 もう一人の助手は、一旦この世界に戻ってきた後、逃亡を企てたところを、すでに捕えてあります」


「その助手からの情報は?」


「今のところ、価値があると思えるものは得られておりません」

 

「薬は使ったか?」


「現在、精神鑑定中ですが、それが終われば最新の薬を使う予定です」


「分かった」


 ブラムが新たな意見を求める。


「他に案はないか」


 沈黙が落ちる。


「では、三日後に再び会議を開く。

 各々、精進されよ」


 ブラムは閉会を宣言すると、ベルを鳴らした。それを合図に、賢人が一斉に立ちあがる。各自が、自分の研究室に近い出口へと向かった。


「議長殿、少しよろしいでしょうか」


「うむ、ライディか。

 何だ?」


「獣人世界を調べるのに、ギルドを使ってはどうでしょう」


「あの便利屋か」


「こういうことを調べることに関しては、それなりの能力はあるようです」


「ギルドには、確か情報ネットワークがあったな。

 うかつなことはできんぞ」


「はい。

 ですから、目的を別のことにして、その結果として調査ができるようにコントロールすればよいかと」


「うむ。

 なかなかよい考えだ。

 では、それは、お前に任せた。

 その間の研究は、滞ってもよい。

 こちらが、最優先だ」

 

「分かりました。

 すぐに、取りかかります」


 なかなか、優秀な若者だ。もしかすると、そのうち五賢人の一角を担うかもしれない。


「では、叡智の元に」


「叡智の元に」


 ライディは、賢人独特の挨拶をして、部屋を出ていった。


「ケーシー」


「はい」


「私を例の助手のところへ連れていけ。

 直接、この目で見ておきたい」


「分かりました」


 ケーシーは先に立つと、一つだけ赤い扉に向かった。

 その向こうは、賢人会でも一部の者しか知らない機密があふれている。非合法な尋問のようなことも、この区画で行われるのが常だった。


 二人が出ていった後も、無人の広間には足音の余韻が長く残っていた。

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