第12話 ボスとの会見


 次の日の朝、赤い服を着た配達人が、シートを届けに来た。

 シートは、学校のものよりやや大振りで、厚みがあった。旧型かもしれない。

 画面に触れると、「昨日会った男の名は?」と表示される。「ラジ」と入力すると、地図データと時間が表示される。

 時間の数値が減っていってるのは、残り時間だろう。ということは、それほど余裕はないな。すぐに学園からもらったシートを取りだし、欠席の連絡をしておく。


 一人で指定の場所へ向かう。地図を見ると、歩いて三十分くらいのところにある公園だ。俺は、ゆっくり歩いて目的地へと向かった。

 念のため、約一キロ四方を、点ちゃんでチェックしている。


 目標の公園は、雑然とした通りの片隅にあった。人通りは多いが、忘れられた空間、そう感じられた。公園には、遊んでいる子供の姿も無く、閑散としている。


 灰色の服を着た太った男が一人、掃除用魔道具だろう掃除機のようなものを動かしている。男は、頭に灰色の帽子をかぶっていた。


『(・ω・)ノ ご主人様ー、十人がこちらを見張ってるよ。

 そのうち三人は獣人だよ』


 点ちゃんから、報告が入る。

 しかし、誰もいないように見えて、十人も隠れているとは。パルチザンの本領発揮というところか。

 俺は、噴水脇のベンチに腰掛けた。


 約束の時間が来て、シートから鈴のがした。気をつけていないと聞きのがすような、小さな音だ。

 ちょうど俺の近くで掃除していた男が、ちらりとこちらを見た。

 次の瞬間、男が目の前に迫っていた。

 拳が俺の顔にぶつかる。


 カーン


 金属と金属がぶつかったような音が響く。

 男は一瞬で、さっきいた辺りまで下がっていた。

 痛そうに、手を撫でている。


 丈夫なヤツだな。俺を殴って、ケガをしなかった人間は初めてだ。

 帽子の男が、ゆっくり近づいてくる。


「シローだな」


 殴らなかった方の左手を、差しだしてくる。


「ああ」


 俺も相手に合わせ、左手で握手した。


「ご挨拶だな」


「すまん。

 強いと言われると、挑戦してみたくなってな」


 コルナのせいか。


「で、あんたの名は?」


「ダンだ。

 ここではなんだから、話せるところへ来てくれるか」


「いいだろう」


「しかし、本当に一人で来るとはな。

 度胸があるぜ」


 俺は、一人じゃないからな。


『(^▽^)/ ご主人様ー!』


 頼りにしてるよ、点ちゃん。


「ああ、連れてってくれ」


 俺はダンと肩を並べ、裏通りに入っていった。


 ◇


 古道具屋のような店の前にくると、ダンはドアを開け、中へ入っていく。

 老人がカウンターの後ろに座っていたが、ダンは彼と挨拶もしなかった。

 俺も彼らに合わせ、黙ってカウンターの後ろを通りぬける。


 二つドアをくぐり、積みかさなった箱が乱雑に置いてある部屋まで来る。

 薄暗く、埃っぽい。


 ダンは、無造作に積み上げられた、箱の一つを横に動かした。

 金属製のハッチが現れる。

 彼は、独特のリズムで、それをノックした。

 ハッチが上がると、頭に垂れ耳がついた女性が顔を出した。

 ニッコリ笑うと、俺たちを中に招きいれる。


 階段を降りると彫刻された木製の扉があり、女性がノックすると、それが開いた。

 中は絨毯が敷かれ、立派な応接セットが置かれていた。


「ありがとう、ドーラ」


 ダンがそう言うと、すらりとした犬人の女性が微笑んだ。

 綺麗な尻尾を振りながら、奥の部屋に消える。


「改めて、自己紹介するぞ。

 俺はダン。

 パルチザンのリーダーだ」


 リーダー自らお出迎えしてくれたのか。


「ああ、俺はシロー。

 よろしく」


「お前のことは、コルナから聞いてる。

 あいつの評価通りかもしれんな、もしかすると」


 コルナめ、一体何を話したんだ?


「ああ、そういえば、これ脱いだ方が説明が省けるな」


 ダンが深くかぶっていた帽子を脱ぐ。下から出てきたのは、黒髪だった。

 すでにミミとコルナから、彼のことを聞いていたので、俺は驚かなかった。

 こちらも頭の布を外してもよかったが、面倒くさいから放っておいた。


「黒髪の勇者だな」


「ああ。

 七年ほど前になるか、この世界に転移した」


「日本のどこから?」


「北海道だ」


「へえ」


「お前は?」


 俺は、中国地方のある県名を答えたが、彼は首をひねっていた。

 まあ、目立たない県だからね。


「ダンは、どうしてパルチザンなんかやってるんだ?」


「ああ、話すと長くなるが、きっかけは、さっきのドーラだ」


 ダンの話は、次のようなものだった。


 この世界に召喚されてすぐは、黒髪の英雄ということで、随分チヤホヤされていた。

 ところが、ある日、この世界の移動手段、カプセルに乗って走っている途中で、道にフラフラ出てきたドーラをはねてしまった。

 幸い彼女に大したケガはなかったが、このとき首輪が破損し、彼女は記憶を取りもどした。

 看病していたダンは、彼女から、さらわれてこの世界へ来たという話を聞き、あまりのことに驚き、世話になっている研究者たちのグループに報告した。

 しかし、彼らは、事をおおやけにするどころか、隠蔽にかかった。

 ドーラは、何度も命を狙われ、ダンがその度に彼女を助けた。

 研究者たちは、ダンの命までつけ狙うようになった。


 この研究者のグループは、『賢人会』といい、学園都市を実質支配しているそうだ。


「その『賢人会』とやらの研究者たちは、どこに住んでいるんだ?」


「それは、俺たちも探っているところでな。

 ヤツらの最高機密らしい」


「なるほどな」


「ところで、加藤は元気か?」


「ああ、元気だ。

 心配してもらった暴走も、今のところはないよ」


「そうか。

 一本気なやつだから、心配してたんだ」


「あいつが、いろいろ世話になった。

 ありがとう」


 俺は、頭を下げた。


「ふ~ん、やっぱり、ちょっと普通の勇者とは違うな、お前は」


「ああ、俺は、勇者でも何でもないからな」


「さっきのことから言うと、ちょっと信じられんがな」


 公園で攻撃してきたことを、言ってるのだろう。


「ああ、そうだ。

 加藤に、これ渡しといてくれ」


 ダンは懐から、ごく薄いピンク色をした液体が入った、シリンダーを取りだした。


「これは?」


「髪の色を変える薬さ」


「ほう」


「これは、かなり薄めたものだから、髪の色くらいしか変わらんが、原液は凄いぞ」


「どう凄いんだ?」


「これは『モーフィリン』と言うんだが、姿かたちから、声まで変えてしまう」


「凄いな」


「俺たちが、『賢人会』のアジトにたどり着けないのも、それが原因じゃないかと考えている」


「というと?」


「『賢人会』のメンバーは、学園都市にいる間はモーフィリンを使い、別人に成りすましているんじゃないかと考えている」


 なるほど、それなら尾行も出来ないだろう。


「この世界に来た頃は、賢人会のメンバーと会っていたと言っていたが、それはどうやった?」


「黒髪の勇者は、『ポータルズ世界群』では、ヒーローだからな。

 普通なら行けないところにも行けたし、政治を行う場にも呼ばれたことがある」


「そうか。

 政治は、中央の行政区で行われてるのか?」


「ああ。

『賢人会』のメンバーは、重大な決定をするときにだけ、行政区にやって来るようだ」


「なるほどな。

 どこから来るかは、分からないわけか」


「そうだ」


 すでに、俺の頭には、学園都市攻略の青写真ができあがりつつあった。


「俺たちが手を結べば、何とかなりそうだな」


「パルチザンが、それなりの人数で何年も掛かって尻尾しっぽもつかめないのに、一体どうやるつもりだ?」


「計画が煮詰まったら、あんたに知らせる。

 この計画は、秘密保持がきもだ。

 パルチザン内部でも、本当に信頼が置ける、最小限の人数にしか伝えるな」


「よし。

 こちらは計画の中身を見てから、参加を決めるがいいか?」


「当然だ。

 予定では、この件で俺の仲間とパルチザンは、一人も失われない」


「そんな夢のようなことが、本当にできるのか?」


「ああ、できる」


「そんなことが出来るのは……英雄だけだな」


「ははは。

 勇者でもないのに、英雄か?」


「ま、こちらは、お前まかせだから、とにかく計画が仕上がるのを待ってるぞ」


「ああ、それと、実行には獣人の協力も必要だ。

 信頼できる獣人を、今から選びに掛かっておいてくれ」


「分かった。

 戦闘力が高いのがいいか?」


「いや、むしろ戦闘力が全くないの獣人から選んでくれ」


「……大丈夫か?」


「ああ、基本的に彼らは、戦いの場に来させないからな」


「分かった。

 じゃあ頼むぞ」


 俺とダンが握手すると、ドーラが飲み物と軽食を持ってきてくれた。

 俺たちは、あたりさわりのない会話をしながら食事をしたが、ダンとドーラ、二人の仲の良さが伝わってきた。


 二人のそんな姿を見て、俺はルルの事を思いだしていた。

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