第9話 パルチザン
史郎が学園に向かった後、狐人コルナと猫人ミミは町へ出かけた。
テコ少年は、ポルに任せてある。
二人は、前もって位置を調べておいた、『獣人保護協会』へ向かった。
協会のビルは、普通に歩けば一時間くらいのところにあるが、獣人の脚力をもってすれば、二十分ちょっとで着く。
ビルを何本か束ねたような形の巨大な建物の前を、右手に曲がる。
この威容を誇る建物こそ、『獣人保護協会』だ。
他のビル同様、まっ白で窓がない。
路地裏に放置されている何かの機械があり、その後ろから建物を見張る。
すでに調査で、このビル丸ごと協会が利用していることも分かっている。
通勤時なのか、多くの人が正面入り口から建物へ入っていく。みんなスーツ姿で、女性もスラックスをはいている。彼女たちに首輪を装着するため、ギルドへ派遣された二人と同じ格好だ。
コルナとミミは、獣人世界から持ちこんだ魔道具で、建物に入る人々の映像を記録していた。非常に高価なこの魔道具は、任務のため『獣人議会』から貸しだされたものだ。
史郎には話していないが、コルナも議会から内密に『獣人保護協会』を調べるよう依頼を受けていた。元獣人議会の長だからこそ任された、機密性が高い任務だ。
二人は、一定時間ごとに魔道具から小さな記録キューブを抜きとり、交換するということを繰りかえしていた。
交換が四回を数えた時、コルナは、自分たちが見張られたいることに気づいた。
「ミミ、これから言うことをよく聞いて。
絶対に、大きな動きをしてはダメよ」
ミミが目を合わせ、小さく頷く。
「ついてきて」
コルナは立ちあがると、路地の奥へゆっくり歩きはじめた。
これは、『獣人保護協会』からは、遠ざかる方向になる。
「二人、いえ、三人が、私たちを見張ってるわ」
「『協会』にばれちゃったんでしょうか?」
「それが、不思議なのよね。
もし『協会』の関係者なら、すぐにこちらを拘束しても、おかしくないと思うんだけど」
「それもそうですね」
「見張ってる三人の内、少なくとも一人は獣人ね」
「えっ!
どうして、そんなことが分かるんですか?」
「フフフ、まあ、そのうち教えるわ」
コルナが神樹から受けた加護は未来予知だが、その副産物として、通常では感じられないものまで察知する第六感を授かっていた。
彼女は、その能力を使い、自分たちを見張る三人が、急に近づいてくる気配を感じた。
「ミミ、走って!」
コルナとミミは、全速力で裏路地を駆けはじめた。
この速度なら、少なくとも獣人以外は、振りはらえるはずだ。
しかし、事態は、コルナが思うようにならなかった。
袋小路に入ってしまったのだ。
土地勘が無い弱点が、こんなところで出てしまうとは。
コルナは、自分の甘さを後悔していた。
せめて、ミミだけでも逃がさなくては。
自分だけなら、シローが来るまで、持ちこたえられるはずだ。
彼女は壁に背を向けると、やってきた方向を見た。
現れたのは、人族が二人と獣人が一人だった。人族は、若い男と少年で、獣人は犬人族の女性だった。全員、灰色の作業服のようなものを着ている。
コルナが史郎に念話を送ろうとした、ちょうどその時、若い男が話しかけてきた。
「君たち、なぜ『獣人保護協会』を見張ってたんだい?」
落ちついた、よく通る声だ。
こちらを攻撃する気は無さそうだ。
コルナは、いつでもシローに念話できるようにしておき、それに答えた。
「あなたたちは、誰?」
「もし、君たちが『協会』を怪しいと思い、調べていたなら、俺たちは敵じゃない」
「それを、証明できるの?」
追跡者三人は、小声で何か話しあっている。
話しおえると、男が続けた。
「とにかく、俺たちのアジトまで来てくれ」
「誰とも分からない人のところへ、行けると思う?」
「ああ、分かった。
俺はラジ、あるグループの一員だ。
そのグループは、獣人の真実を知っている。
首輪の仕組みもな」
「ラジ!
そこまで話す必要があるの?」
犬人の女性が、急に声をあげた。
「ある程度、こちらのことを話さないと、分かってもらえないよ。
それに、この二人は、どう見ても首輪の影響を受けていない」
犬人の女性は、ため息をつくと、話しかけてきた。
「私は、犬人のモアナ。
とにかく、一緒に来てほしいの」
ラジが続ける。
「頼むよ。
ここでは、込みいった話もできないだろ?」
コルナとミミは、お互いに顔を見合わせる。
「私は、悪い人じゃないと思うよ」
「ミミ、何でも簡単に考えるのは、あなたの悪い癖よ。
これが罠なら、私たちの命は無いよ。
もっと、慎重になりなさい」
コルナに言われ、ミミの猫耳がペタリと頭につく。
「でも、ここは、あなたの勘を信じてあげるかな」
コルナはそう言うと、ミミの頭を撫でた。
ミミの三角耳が、ぴんと立ちあがる。
「私は、狐人のコルナ。
こっちは猫人のミミ。
とにかく、話ができるところへ行きましょう」
二人は、歩き出した三人の後について、袋小路を出るのだった。
◇
人族のラジが二人を案内したのは、背の低い薄汚れたビルだった。
どうやら、ここはスラム街の一角らしい。
学園都市に、そういう場所があるのを知り、コルナは少し驚いた。
ラジは、入り口に寝ている浮浪者をまたぐと、階段を上がっていく。
二階もやはり薄汚れていて、ドアすら無い部屋が多い。
まるで、廃屋のようだ。
ラジが足を止めると、そこにはことさら薄汚れたドアがあった。
穴を塞ぐのに、何度も貼りつけたのだろう。色が剥げかかった、茶色い板切れのようなものが、汚らしさを強調している。
ラジが、独特のリズムで板の上をノックする。
貼ってあると思っていた板が一枚消え、二つの目がこちらを確認した。
汚らしいドアが開くと、意外なほど清潔な内部が現れた。
ラジは、入り口にいる背が高い男と拳を合わせると、コルナとミミを中に招きいれた。
短い廊下を突きあたると、もう一つドアがあった。こちらも、木のドアだったが、彫刻で美しくかざられていた。
ラジが、さっきと違うリズムでノックする。
ドアが内側に開くと、落ちついた内装の部屋が現れた。
「お、ラジか。
お帰り」
ソファから立ちあがったのは、背が低い中年の男性だった。横じまのシャツを着ており、頭に黒い布を巻いている。
団子鼻に、丸い眼鏡を掛けている。
突き出たお腹が、シャツの横じまをゆがめていた。
「帰りました。
ダン、この二人と話をしてもらえませんか?」
「この二人は?」
「『獣人保護協会』を、偵察していたようです」
「首輪がついてるな」
「機能していないのが明らかなので、連れてきました」
「ちょいと失礼するぜ」
ダンと呼ばれた男が、コルナとミミの首輪に触れる。
「おいおい、どうなってんだ、これ?!
首輪ですらないぞ!」
「それは、話せないの。
初めまして。
私はコルナ、狐人よ」
「そっちの
「ミミです。
猫人です」
「まあ、見りゃわかるけどな、ハハハ」
ダンは、気さくな性格のようだ。
「その辺に座ってくれや」
コルナとミミがソファに腰を下ろすと、さっきの少年が飲み物を持ってきた。
「ありがとう」
コルナが声をかけると、少年はニコッと笑い、奥へ引っこんだ。
「で、なんでお前さん方は、『協会』なんか見張ってたんだい?」
「それを話す前に、あなたたちが誰か、教えてくれない?」
「おう。
狐人は頭が切れるって言うが、ホントだな」
「まだ、質問に答えてくれてないわよ」
「美人で気が強いのは、誰かさんみたいだな。
ああ、俺たちは、いわゆる
「パルチザン?」
「ああ。
この社会に反逆してる、アウトローさ」
「なんに反逆してるの?」
「全てさ!
学歴至上主義には特にな。
あんたらに関係あることといえば、獣人奴隷化にも反対してるぜ」
「奴隷化……あなた、首輪の仕組みが分かってるのね」
「ああ、かなりのとこまでな。
その首輪は、獣人の故郷に関する記憶を消すような機能がある。
また、故郷で虐待を受けていたという、偽の記憶も植えつけるようだ」
「なるほど。
だから、この町の獣人は、首輪をつけられてもおとなしいのね」
「そうだ。
人族が救ってくれたと思ってるから、この上ないほど従順だな」
「市民は、このことを知ってるの?」
「知ってる訳ないだろう。
この世界にも一応、倫理ってやつがあってな。
他種族を奴隷として扱うなんて、最低の行為だと考えられてる」
「それなのに、実質は奴隷としてるわけね」
ミミが、話に割りこむ。
「そこまで分かってて、どうしてそれを、みんなに知らせないの?
おかしいじゃない!」
「じゃ、あんた、それ自分でやってみな」
ダンは、からかうような目で、ミミを見ている。
「町の中で、大声でそう叫んでみなよ。
あっという間に、『治安維持隊』に連れてかれるぜ。
そしてな、そうなった獣人が、帰ってきた
コルナは、ある程度、自分の立場を明かすことにした。
「私は、『獣人世界』から派遣されてここへ来たの。
獣人がそんな扱いを受けているなら、許しておけない」
「で、あんたら、何をしようってんだい?」
「私たちだけの力じゃ、何もできない。
それは分かってるわ」
コルナはそこで、少し間を置いた。
「でも、私たち獣人には、強い味方がいるの」
「ほう。
友達に、勇者でもいるってのか?」
「友人が勇者なら、きっと諦めていたでしょうね。
でも、彼は勇者じゃない。
彼は、二百年前にいたと言われる、英雄の再来。
いえ、それをも超えるわ」
「ほう、こりゃまた大きく出たな!
英雄か。
もしかして、そいつの髪もこうかい?」
そう言うと、ダンは頭の布を外した。
出てきたのは、黒髪だった。
◇
「貴方も、
コルナとミミは驚いた。稀人は、普通なら政治の中枢に近いところにいるものだからだ。パルチザンなど、稀人からは、もっとも遠い存在だ。
「どうして稀人が、パルチザンなんかに?」
「俺は、この世界に勇者として転移したのさ。
初めは、ちやほやされて、幸せに生きてたんだ。
まあ、ニセモノの幸せだったがな。
ちょっとしたきっかけで、獣人がどう扱われているか知ってな。
それからは、あれよあれよの転落人生さ」
コルナは、自嘲気味の男をじっと見て言った。
「あなた、獣人を救おうとしたことがあるのね?」
「ああ、そうさ。
その挙句が、殺されそうになって今に至るだ」
男は、横じまのシャツをめくり上げた。
彼の脇腹には、大きな醜い傷痕があった。
「幸い、知りあいに治癒魔術の使い手がいてな。
九死に一生を得たってわけだ」
「そうだったのね」
コルナは、あることを思いだした。
「もしかしてだけど、他に黒髪の勇者を知らない?」
「ああ、知ってるぜ」
「もしかして、その勇者の名前はカトー?」
「なんだ、お姉ちゃん。
あんた、あいつの知りあいか?
まさか、あんたが言ってる英雄って、あいつの事じゃないよな?」
「それは、違うけど。
その英雄が、この世界へ探しにきた友人っていうのが、カトーなのよ」
「何だって!?」
ダンは、驚いて目を丸くしている。
「おい。
じゃ、すぐそいつに、伝えたほうがいいぞ」
「何を?」
「カトーっていう勇者は、まっ直ぐなやつだから、いつ暴走してもおかしくねえぞ」
「彼は、獣人の真実に気づいてるの?」
「ああ。
ヤツが、ここへ来た時に教えた」
コルナは、すぐさま念話で史郎へ呼びかけた。
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