第19話 再会


 集落に入っていくと、多くの犬人族が一つの家屋前に集まっていた。

 その中には、西部地区探索を受け持っていたギルドメンバーの姿も見られた。アンデと俺は人々をかき分け、戸口に立った。

 中にも多くの獣人がいたが、全て平伏している。


 部屋の奥にはロウソクが灯された神棚のようなものがあり、その前に舞子が座っていた。

 彼女の無事な姿を見て、俺は心の底からほっとした。


 ガタッ


 俺に気がついた舞子が立ちあがる。


「し、史郎君!!」


 彼女は平伏している獣人を押しのけるように、俺の胸へ飛びこんできた。

 嗚咽おえつを漏らす舞子の背中を撫でながら、俺は神棚の前に座る男を見ていた。顔半分が綺麗に正中線から黒くなっている。

 まぎれもなくコウモリ男だった。


「史郎君っ……!」


 舞子は腕を俺に回し、背中のところでローブをぎゅっと強く握りしめている。


「無事で良かったよ」


 そう言って頭を撫でてやると、彼女は俺の胸に顔を埋め、しくしく泣きだした。


「大変だったね。

 大丈夫かい?」


 舞子は答えず、小さく頷いている。平伏していた老人が、顔を上げ尋ねてくる。


「あ、あなた様は?」


「俺は聖女の知りあいだ。

 彼女のこと、世話になった」


「ははー」


 このお爺さん、俺にまで平伏しちゃったよ。困ったもんだね、こりゃ。


「このお方が、聖女様に間違いないか」


 アンデが確認してくる。


「ああ、間違いない。

 彼女が聖女だ」


 俺の言葉を聞くと、アンデはうやうやしくひざまずいた。


「聖女様。

 ケーナイ冒険者ギルドのマスター、アンデと申します。

 獣人会議の意向を受け、お迎えに上がりました」


 舞子は泣くのに忙しく、彼の言葉を聞いていないようだ。


「アンデ。

 少し時間をおいてから、もう一度話してくれるか」


「お、おお、すまん。

 では、聖女様。

 また後程うかがいます」


 アンデはそう言うと、外に出ていった。

 俺は、神妙な顔をして座っているコウモリ男に声を掛ける。


「なぜ、お前が?」


 その時だった。

 突然、外から悲鳴と怒号が聞こえた。

 出て行ったばかりのアンデが飛びこんできた。


「虎人の襲撃だ!」


 ◇


 俺は舞子を背後にかばい、外へ出る。

 いくつかの屋根から火の手が上がっていた。

 大柄な虎人が、大剣を振りまわしている。

 ギルドメンバーだろう、剣を構えた犬人が数人、虎人を取りかこんでいるが、大剣が振りまわされるたびに、立っている者が減っていく。

 違う場所では、こん棒を振りあげた虎人が、村人らしき犬人の女性を追いまわしている。まさに、阿鼻叫喚の図だ。


「アンデ! 

 みんなを森へ逃がせっ」


 俺は舞子と手をつなぎ、山側へ向かう。ふと気がつくと、すぐ後ろをコウモリ男が走っていた。チラリと視線を交わすが、こちらを攻撃する意図はなさそうだ。


「いたぞっ!」


 背後で虎人の声がする。

 山道は足場が悪く、舞子がいるのでスピードが上がらない。

 後ろをチラリと見ると、七、八人の武装した虎人がこちらへ向かってくる。驚いたことに、その中の一人は犬人族のキャンピーだった。


 道は平坦な広場へと続いていた。そこには、高い崖を背後に大きな岩がいくつか転がっている。

 岩にたどり着く前に、右前方で光がさく裂した。

 俺たちに爆風が襲いかかる。舞子の上にかぶさり、後ろを振りかえる。虎人の一人が、細長い筒のようなものを構えていた。

 筒から何かが飛びだすと、俺の前二メートルくらいのところに命中した。


 ズガンッ


 光と共に爆風が起こり、俺は崖に向けて吹きとばされる。大きな岩に俺の体が激しくぶつかる。物理攻撃無効がなければ、今ので死んでいただろう。


「聖女に当たらないよう気をつけろ!」


 虎人が叫んでいる。

 舞子はよろよろ立ちあがり、俺の方へ来ようとする。

 虎人が投げた槍が、俺の方へ飛んでくる。それを右手で払いながら叫ぶ。


「舞子! 

 こっちだ!」


 その時、槍の一本が舞子へ向かって飛んだ。


「危ないっ!」


 叫ぶが、槍は舞子の背後から襲いかかった。その時、横から飛びだした影が、舞子を突きとばした。


「ぐっ」


 さっきまで舞子がいた場所には、腹部から槍を生やしたコウモリ男がいた。


「ピエロッティ!」


 舞子が叫び、コウモリ男に駆けよる。彼女の手が光り、治癒魔術が彼を包む。

 飛ばされた場所から俺が舞子のところにたどり着くより先に、虎人の集団が彼女を取りかこんでしまった。治療を続ける彼女を、一人の虎人が無理やり肩に担ぎあげている。


「ピ、ピエロッティ!」


 彼女は、その姿勢になってもまだ、地面に横たわったコウモリ男に治癒魔術を掛けようとしている。


「舞子っ!」


「そいつは、剣の攻撃が効かないかもしれない。

 魔道具を使えっ!」


 キャンピーが、こちらを指さして叫んでいる。

 虎人の一人が、またこちらへ向け筒を構える。


 シュッ、ドーン!


 今度は、さっきより、さらに近いところに着弾する。俺は、手で頭部をかばった姿勢のまま、崖に叩きつけられた。


「ぐはっ」


 物理攻撃は効かないが、魔道具の攻撃ならこちらにダメージが通るようだ。

 右胸部が割け、血が流れだした。


 顔を上げると、舞子を抱えた虎人が、山道の向こうへ姿を消そうとしていた。キャンピーも、その後ろを追いかけている。


「舞子ーっ!!」


「史郎くーん!」


 そちらに向かおうとした俺は、崖を背にして、虎人たちに囲まれてしまった。

 絶体絶命だ。

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