第4部 再会

第18話 聖女捜索


 獣人会議の後、俺はポルと二人、城内に用意されている部屋まで戻った。

 疑問に思っていた事を、さっそく彼に尋ねてみる。


「ポル、みんなは、どうして『聖女』という言葉に、あんな反応をしたんだ?」


「ああ、獣人にとって、聖女様は本当に特別な存在なんですよ」


 かつて、この大陸の中央に森があり、そこに神獣が棲んでいた。

 その神獣を中心に、各部族がまとまっていた。

 森が消え神獣が去るとき、聖女に仕え、そして守るよう言いのこした。


 ポルは、そういうことを教えてくれた。獣人の中で狐人族が高い地位を占めるのも、かつて神獣の世話を直接していたからだそうだ。

 もし、聖女が現れると、まとまるはずのない獣人が一つになる可能性があるのか。


 俺は、聖女の問題が思った以上にデリケートであると気づいた。下手をしたら、政治的な混乱に巻きこまれかねない。

 舞子を探すのは、時間との勝負になるだろう。

 点ちゃんが、いてくれたなら。

 今更のようにそう思うのだった。


 ◇


「聖女様探索に協力したいと?」


「ああ、聖女様も人族だろう。

 捜索隊に、俺も入れてほしい」


 俺とアンデは、城の外に広がる庭園の片隅で、聖女の話をしていた。情報が漏れないよう用心したわけだ。


「だがな……。

 シロー、お前、猿人の背後に人族の影がある、という噂は知っているよな」


「ああ、会議でも、その話題が出たからな」


「その噂が無ければ、まっ先に金ランクのお前に声をかけるんだが……」


「聖女様のことに関しては、わずかなことも油断できないということか」


「まあ、そんなところだ。

 それより、お前、どうして聖女様にこだわるんだ?」


 アリストで起こった聖女誘拐事件に至るまでの経緯を、大まかに話すことにした。それを聞いたアンデは、なぜ俺が彼女にこだわるか、納得してくれたようだ。


「つまり、その聖女様が、お前の友人である可能性があるんだな」


「ああ、そういうことだ」


「ふむ。

 女王陛下からの手紙にも、その件について書いてあったな」


 女王畑山、グッジョブ。


「よし、事が聖女に関することだから、今回は俺が捜索隊を率いよう。

 それなら俺の責任で、お前を捜索に加わらせることができるからな」


「すまない。

 いや、ありがとう」


「まあ、お前には今回の事を含め、よく働いてもらってるからな。

 協力は惜しまんぞ」


「感謝する」


 俺はそう言うと、アンデの大きな手をぐっと握った。


「ということなら、急いだほうがいいな。

 明日朝には、こちらを発とう」


「悪いな」


「いや。

 聖女様は、俺たちにとっても特別なんだ。

 お前のことが無くても一緒さ」


 アンデはそう言って微笑むと、去っていった。


 ◇


 翌日、俺たちは、早朝に狐人の城を出発した。

 ミミは、お土産を買う時間がないだの、観光ができないだの、ぶつぶつ不平を言っていた。まあ、彼女、昨日会議の後で、ちゃっかり買い物に励んでたんだけどね。


「元気になりましたね」


 ポルは俺の顔を見て嬉しそうげに言った。

 まあね。あれだけ落ちこんだ俺を見て、さぞかし二人も心配したことだろう。


「心配かけて、済まなかったな」


 ◇


 帰り道は雨も降らず、一行は、予定より一日早くケーナイの町まで帰りついた。

 俺はミミとポルを家に帰すと、すぐにアンデと捜索隊の人選に取りかかった。

 今回、ミミとポルは、大陸南部への調査隊を補助する役割が与えられている。物資の調達や補給をする仕事だ。

 後方支援するだけだから、特に危険もないだろう。報酬もかなりいいから、二人とも喜んでいる。


 わずか三日の内に、捜索隊が組まれた。三十人の大部隊だ。聖女捜索に対する犬人族の意気ごみが分かる。

 捜索隊が結成された日の内にミーティングを行い、二日後には出発となった。目的地は、湖沼地帯の北に広がる山岳地帯だ。

 山岳地帯には、犬人族、猫人族の隠里かくれざとがあるそうだ。まず、そこを捜索することになっている。 

 問題は、雨季を迎えたことで、湖沼地帯が巨大な湖のようになっていることだ。


 かつて、パーティ『ポンポコリン』でスライム討伐に向かった道を今回も進む。

 以前、周囲に沼地や池が見えてきた場所まで来ると、そこには見渡す限りの水面が広がっていた。


 湖沼地帯からそう遠くない地域を生活圏にしている犬人族は、さすがに、これに対処する手段を持っていた。

 魔獣の皮を張りあわせた、地球で言うカヌーのようなものをいくつか組みたて、それに乗りこむ。オールをこいで進むのも、カヌーと同じだ。


 日本で小型のカヤックを使っていた俺は、この舟にすぐなじんだ。

 オールまん中を握り、左右、左右と水面をとらえると、小舟はスイスイ進んでいく。

 時おり水面に波紋が生じるのは、水中に生息している魚か魔獣だろう。

 大きな波紋が見えると、爆竹のようなものに火をつけ、水面で爆発させながら進んでいく。

 水中に棲む魔獣が大きな音を嫌うらしく、それを利用した魔除けだそうだ。


 二時間ほどすると、山並みが前方に広がった。それほど高い山々ではないが、水面に映る山の姿が青い空に映え、とても美しかった。

 任務がなければ、ずっと見ていたい景色だ。

 

 カヌーが水面を切って進むと、半分水没した木々が現れるようになった。

 山岳地帯が、目の前に迫っている。


 無事、対岸に着く。カヌー型の舟を畳み、山歩きに備える。

 聖女発見までにどれほど日にちが掛かるか分からないから、二十日程度の捜索を予定している。そのため、各自が背負う荷物は、かなりの重さになった。平均二十キロはあるだろう。


 ここからは、十人ずつ三班に分かれ、山道を進む。東西に広がる山岳地帯を、東部、中央部、西部と分け、それぞれの地域を一班ずつが担当する。

 俺は、アンデと同じ班に組みこまれ、中央部を捜索することになった。

 もし、ここで舞子が見つかれば、スライム討伐のとき、かなり彼女の近くまで来ていたことになるな。

 そんなことより、もし舞子に付けた点が使えたら、簡単に彼女を見つけられただろう。

 消えた点ちゃんのことを思い、寂しくなった。


 ◇


 同じ捜索班には、あのキャンピーがいた。

 以前、俺にちょっかいをかけてきた、「大の字」、いや、「太の字」が似合う、犬人の若者だ。

 俺が金ランクと知ったからか、あるいは二度も痛い目にあったからか、オドオドと俺の方を見てくる。

 他の隊員に対するのと同じように接すると、安心したようだった。


 三日目までは、何の成果もなく過ぎた。

 四日目の午後、小さな猫人族の集落を見つける。

 小屋というより、あばら家を寄せあつめたような集落は、生きていくのに、ぎりぎりの生活を思わせた。

 おさは、中年の猫人女性で、右目に革の眼帯をしていた。


「聖女様? 

 ここにはいないが、『西の山』近くにある犬人族の村で、高貴な方が、かくまわれてるって話はあるぞ」


「本当か?」


「まあ、確かなことではないがな。

 その話を聞いてきた者を、呼んでやろう」


「助かる。

 ありがとう」


 アンデと彼女は、顔見知りのようだった。

 やってきた猫人族の青年に聞くと、森の中で西に住む犬人に出会ったとき、話題に出たらしい。聖女には、体の半分が黒い従者がいると聞いたそうだ。


 これは、舞子に間違いない。従者とされているのは、コウモリ男だろう。しかし、なぜヤツが従者として見られているのか。

 それは、情報が少なすぎて判断がつかない。

 彼が、舞子を無理やり従わせている場合もありえる。

 いや、むしろその可能性が高いだろう。

 それなら、なおのこと急いで舞子を見つける必要がある。

 すでに暗くなっていたので、猫人族の集落脇に場所を借り、テントを張って寝た。


 ◇


 次の日。

 見張り役が、西方の空に赤い煙が細く立ちのぼるのを見つけた。これは、各班に渡されている連絡用の道具で、聖女を見つけた班が使うよう打ちあわせていたものだ。

 急いでテントを畳むと、猫人の長に挨拶をして村を後にする。みんなの足取りが軽い。やはり、いるかいないか分からない目標を探すのは、かなり負担になっていたのだろう。


 西に向かう途中で、キャンピーの姿が消えた。恐らく、はぐれたのだろうということで、彼の捜索は聖女を確認してからとなった。

 まったく、いつでも手間を掛けさせる男だ。


 五時間ほど歩くと、集落が見えてきた。集落の中央にある広場から、赤い煙が立ちのぼっている。猫人族の集落に比べ、かなり大きい。

 近づくと、西部探索を割りあてられた冒険者が走ってきた。


「聖女様が、聖女様がいらっしゃいました!」


 息を切らせた冒険者は、明るい表情でアンデに報告している。

 それは、任務が成功したからだけではなさそうだ。

 獣人世界において、聖女が特別な存在であることに改めて気づかされた。

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