第13話 調査依頼
会議後、ギルドから軽食が振まわれた。
みんな、ベテランらしく落ちついて食事をしている。さすがに、酒を飲んでいるような者はいない。食事が終わると、くつろいでいた冒険者たちの雰囲気が一変し、緊張へと変わった。
ギルド前で隊列を整え、調査隊が出発した。
すでに陽は落ち、道を行くのは調査隊の一行だけだ。雲が少しあるものの、空はおおむね晴れており、大小二つの月が白銀色に輝いている。それに照らされ、辺りは思ったより明るい。
各自が持っている、明かりの魔道具が必要ないほどだ。
一時間ほど進むと、道の状態がやや悪くなってきた。時折、荷馬車の上で、荷物がぶつかり合う音がしている。
左手に大木が見えてきたところで休憩する。その木で、ケーナイの町からコネカ村までの、丁度半分だそうだ。
俺は敷物の上に座り、水の魔道具からコップに水を注いだ。喉を潤していると、背後から人が近づく音がする。
振りかえると、小柄な影が二つ立っている。雲間に隠れていた月が出ると、二人の顔が月明かりに照らされた。
「な、なんで君たちが?」
そこには、ミミとポルがいた。
◇
「なんでって、私たちはパーティでしょ」
「……」
「ほら、ポン太も何か言ってやりなさいよ」
「え、うん。
ボクにもお手伝いできることがあるんじゃないかなって……」
二人にきちんと話さなかった、俺が悪かったな。
「銀ランク以上の依頼だったはずだが……」
「ギルマスに話したら、特例で認めてくれたよ」
ミミの口調は、いつもと違い固かった。
アンデめ。一言、言ってくれたらよかったのに。
「そうか、連絡しなくて済まなかった」
結局、俺は謝った。
「パーティ・ポンポコリンとしては、こんなに割のいい依頼は見逃せないからね」
やはり、ミミはこの依頼を甘く見ているようだ。
「成功報酬が高いってことは、危険もあるってことだよ。
死んでしまえば、いくら報酬が高くても意味は無いからね」
「だからこその、シローじゃない。
金ランクがいれば、なんとかなるでしょ」
「ミミ、依頼に関して、その考えは感心しないぞ。
とにかく、次の依頼からは、必ず君たちと相談することにするよ」
「ほんとでしょうね?
頼むわよ。
油断ならないんだから」
点ちゃんと同じようなことを言うな、この子は。
『(^▽^)/ ご主人様ー、呼んだー?』
ああ、点ちゃん。呼んだわけじゃないけど、もう少ししたら、力を貸してもらうかもしれないからね。準備しておいてね。
『(^ω^) 了解でーす』
◇
コネカ村に着いたのは、夜半も過ぎたころだった。
魔術灯で、辺りを照らしていく。
建物がほとんどない。
焦げくさい匂いがする。
本当に、ここが村なのか?
崩れおちた
冒険者の一人が、地面に鼻を近づけ匂いをかいでいる。
やはり、犬人は嗅覚が優れているのだろうか?
男は立ちあがると、アンデに何か報告している。
アンデは手をうち鳴らし、みんなの注意を集めた後、分かったことを教えてくれた。
「やはり、ここが襲撃を受けたようだ。
時間は、正午前から夕方だろうということだ。
襲撃者の人数は、十名以上。
これからの調査で、そいつらと出くわさんとも限らん。
気をひき締めて掛かってくれ」
どうやって人数まで分かったんだろう。今度あの冒険者に聞いておこう。
◇
魔術灯を掲げ、村の中心から外へ、円を描くように調べていく。
人が住んでいた
手掛かりがない中、夜が白みかけていた。
その時、ポルが草むらで小さな靴を見つけた。薄明りの中、やっと、かすかな足跡を見つける。たどっていくと、土地が少しくぼんだ所に七、八歳くらいに見える獣人の少年が倒れていた。
息はしっかりしているが、顔色が青いところを見ると、何かに噛まれたのかもしれない。
ミミが、魔術灯で少年の体を調べる。足首が二か所、赤くなっていた。
「痺れサソリね」
このサソリは、乾燥地帯の草むらに生息し、二本の尾の先に動物を痺れさせる毒針を持っている。
「麻痺用のポーションがあればいいのだけど……」
用意していた白いポーションを渡すと、彼女はそれを少年の口に垂らした。
「これで、少しすれば良くなるはずよ」
彼女の言葉通り、十分ほどすると、少年が上半身を起こした。魔術灯に照らされた俺たちを、覚えた顔で眺めている。
「ボ、ボクを捕まえるの?」
「大丈夫、安心して。
君は、コネカ村の子かい?」
「はい」
「村で、何があったの?」
「お昼ご飯を食べてたら、急にシンカさん
その後、いっぱいお
「君は、どうしてここに?」
「お父さんが、逃げろって言ったから走ってたら、いつの間にか……。
お、お父さん、お父さんは?」
「今、探してるところだよ」
「ボクも探す!」
少年は立ちあがろうとしたが、ふらつき、しゃがみ込んでしまった。
「今、沢山のおじさんが来て探してるからね」
少年は、少しだけ安心したようだ。
「他に、何か見なかった?」
「えーと、見たことない人が、たくさんいた」
「どんな格好をしてたの?」
「そんな白い服を着てた」
少年が、俺のローブを指さした。
「顔は、見なかった?」
「一人だけ見たよ」
「どんな顔してた?」
「
「えっ!
猿人を見たことあるの?」
「村長が、絵を描いてくれたの。
これが猿人だから、絶対近づいちゃダメだって」
証拠を残さないよう徹底していた襲撃者だが、思わぬところでボロが出たようだ。
俺たち三人は、明けはじめた空の下、少年を連れ村へ戻った。
◇
少年の証言は、調査隊に衝撃を与えた。
以前からこういうことが度々あり、迷信深い人々は、神隠しとして済ませてきたそうだ。猿人の関りも疑われてきたが、彼らの仕業なら後に死体が残るため、謎の消失事件として扱われてきた。
「これは、ケーナイだけで処理するレベルを超えてるな」
アンデの言葉が、事件の重大性を示していた。
「至急、部族長会議を開かねばならん」
彼は、そう言うと、撤収の合図に決めていた遠吠えをした。
捜索で疲れた顔の冒険者たちが、ぞろぞろと帰ってくる。暗闇での調査は、通常の何倍もエネルギーを遣う。
やっと捜索が終わり、みんなほっとしているようだ。
俺は、ポルが持っている水の魔道具も使い、大量の水を出し、それを沸かして香草茶を点てた。
「あー、生きかえるな~」
「ふ~、こりゃ、助かるぜ」
「兄ちゃん、ありがとよ!」
乾燥した空気の中で長時間働いたので、喉も乾いていたのだろう。みんな、瓦礫の上に座り、美味しそうにお茶を飲んでいる。
アンデが、そんな俺を見て話しかけてくる。
「ふーん、お前、普通の人族と、ちょっと違うな。
なんというか、偉ぶらないな。
金ランクなのによ」
「いや、お茶を点てるのは、趣味みたいなものだから」
「まあ、ありがとよ。
みなの顔、見てみな。
捜索から帰ってきた時と別人みたいだぜ」
「まあ、少しでも役に立てたら、それで良かったですよ」
アンデは、俺を見て何度か頷いていた。
◇
調査の結果が出たこともあり、帰り道、みんなの足どりは軽かった。
ただ、見つかった少年は、父親を含め村人全員が消えていたことでショックを受けていた。
力なく涙を流す彼を、俺とポルが交互に背負い、町まで帰った。
町に着くと、重要な証人ということもあり、少年はギルド預かりということになった。
アンデは、ギルド間で使われる通信の魔道具で、大陸北部の部族長たちに連絡を取ったそうだ。
俺たちのパーティは、調査依頼から帰って後、一日休みをとると、連日小さな依頼をこなしていた。
ある日、ギルド二階の居室から階下に降りると、アンデが声を掛けてきた。
「おい、シロー。
一週間後に、部族長会議が決まったぞ」
「ああ、そうですか」
なぜ彼が、そんな話題を俺に振ってきたのか分からなかった。
「お前も出席してくれ」
「え!?
何で、俺が?」
大体、俺は、獣人でもないのだが……。
「まあ、ある部族長の意向もあってな。
どうしても断れないから頼むぞ」
どうして、どこのギルドマスターも、こう強引かねえ。
「しかし、俺は人族ですし……」
「だからだよ。
人族として出席してくれ」
「え?
人族として……ですか?」
「場所は、
「しかし、俺は、パーティメンバーへの責任もありますし――」
あの二人を野放しにしておくのは、あまりにも危険だ。
「だから、ポンポコリン(笑)に指名依頼を出しとくぜ」
ああ、そうきますか。これは、ちょっと断れそうにないね。
「とにかく、他の二人に話してみます」
「頼むぜ。
今回の会議は、下手すると、この大陸の行方を決めかねんからな」
アンデはそう言うと、カウンターの向こうへ入っていった。
◇
「え?
旅行ですか?」
「やった!
旅ができる!」
ポルとミミの反応は、思ったとおりというか、全く緊張感を欠くものだった。
「旅かー、冒険者らしいなあ!」
「お土産、何にしよう」
俺はめったに使わない厳しい口調で、のほほんとした彼らに冷や水を浴びせようとした。
「まだ、どこに行くかも言ってないのに、お土産は無いだろう。
それから、これは遊びじゃなく依頼だぞ。
しかも、指名依頼だ。
遊び半分なら、この町に残ってくれ」
「し、指名依頼!
すごい!
夢みたいだ!」
「ねえ、どこに行くの?
着ていく服、考えなきゃいけないし」
どうやら、彼らには無駄だったようだ。
「三日後には、狐人族領に向けて発つぞ」
「あー、あそこは食べ物が美味しいらしいよ」
ミミは、キラキラした目をしている。
ポルは短剣を持ち、クルクル振りまわしはじめた。
エア短剣だが。
二人に緊張感を求めるのは諦め、とりあえず指示を出しておく。
ミミは、両親からきちんと許可をもらうこと。食材の買いだしを忘れないこと。
ポルは、自分の剣と防具のメンテナンス、三人共有の荷物の確認。
二人に浮足立ってふらふらされると困るから、とりあえず忙しくさせておくことにした。
俺は、狐人領への旅が心配だった。
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