第7話 高級食材


 ケーナイの町に帰るとすぐ、俺はギルドで湖沼地帯の状況を報告した。

 俺の話を聞いた受付のお姉さんは、それをすぐギルマスに報告すると、壁に貼ってあった湖沼地帯方面の依頼を全部回収した。

 正しい判断だ。

 とりあえず、調査隊を送りこむことになるだろう。


 思ったより収穫があった、討伐依頼対象である水の魔石をカウンターに出した。


「水の魔石五十四個で、銀貨二十七枚となります。

 さすがですね」


 受付のお姉さんが、褒めてくれる。


「あと、この魔石もあるんですが」


 俺が拳大の魔石をドンとカウンターに置くと、後ろに並んでた冒険者から一斉にうなり声が聞こえた。


「すげえ!」

「でっけえなー!

 何から取れたのかな?」

「黄色い魔石なんて、初めて見たぜ」


 お姉さんも、目を丸くしていた。


「へえ、珍しいですね!

 私も、これ見たの二度目ですよ。

 これは、お湯の魔石です」


「お湯?」


「水ではなく、お湯が出るんです」


 へーって、もしかしてそれって……お風呂! お風呂に入れるかもしれない。


「売ると、最低でも金貨三枚になりますが、どうしますか?」


 日本円にして三百万か……。

 しかし、お風呂の誘惑には勝てないよね。


「では、今は売らないでおきます」


「分かりました。

 他になにか素材は、ありませんか?」


 俺が何か言う前に、ミミが袖を引っぱった。口に指を立て、首を左右に振っている。


「あー、もうこれだけです。

 ありがとう」


 ◇


 パーティ・ポンポコリンは、ギルド二階にある俺の部屋に集まった。


 三人がテーブルの周りに座る。

 俺はさっき換金した銀貨を出し、それを九枚ずつに分けた。

 ミミとポルの前に、それを押しだす。


「え? 

 こ、こんなに?

 もらってもいいんですか」


「いい訳ないじゃない!

 装備は何から何まで、シローが用意したんだから」


 えっ? ミミさん、ここに来て常識発言ですか……まあ、いいけど。


「今回は、パーティリーダーの判断で三等分した。

 遠慮なく受けとってくれ」


 ミミとポルは少しためらったが、銀貨を受けとってくれた。

 懐が温かくなったせいか、二人ともニコニコしている。ポルのふさふさ尻尾しっぽと、ミミのにょろにょろ尻尾が、ブンブン振られている。


「そうそう、ミミ、なんで素材の事を秘密にしたの?」


 気になっていたことを尋ねた。


「あの食材は、ギルドなんかで売ると、買いたたかれるの。

 なんせ、特別な処理しないと食べられないからね」


「ということは、それを知ってる人がいるんだね?」


「うん!

 父さんが知ってるよ」


 ミミが胸を張る。なんか、最初の突貫少女のイメージが、少しずつ変わってきている気がする。


「分かった。

 じゃ、お店に行こうか」


「うん、すぐ行こう!」


 ミミが俺の手を引っぱる。まあ、こういうところは変わらないね。

 俺は、ミミに引きずられるように、ワンニャン亭に向かった。


 ◇


「ただいまー!」


 猫耳少女ミミが、元気よくお店に入っていく。


「討伐依頼、うまくいったようね」


 こちらも猫耳のミミママが、エプロン姿で微笑んでいる。

 

「ママとパパを驚かせるお土産があるよ」


「まあ、何かしら」


「キッチンに入ってもいい?」


「ああ、何か食材を獲ってきてくれたのね。

 何かしら。

 いいわよ、どうぞ入って。 

 あなたー、ミミが帰ったわよー」


 ミミパパが、奥から出てくる前に、ミミが俺の手を引っぱり、キッチンまで入ってしまった。

 そこには恰幅のいい犬人族の男が、シェフスタイルで立っていた。


「おう、ミミ!

 お帰りー!」


 ミミが駆けよると、彼は彼女をぐっと抱えあげた。頬を擦りつける。


「あーっ!

 じょりじょりするから、それは止めてって言ってるでしょ」


 さすがは、ミミパパ。強引だ。


「それより、今日は、いいお土産があるの!」


 ミミは俺の方を見ると、金属製のテーブルをポンポン叩く。

 ここに、出せってことだな。

 俺は腰のポーチに触れる格好をすると、でっかいスライムを点収納から取りだした。


 ズンッ


 天板の上一杯にスライムが現れるが、金属製のテーブルはびくともしない。


「まあっ!」

「おおっ!」 


 ママとパパの歓声が上がる。


「おう!

 こりゃまた、立派なゴールデン・スライムだな!」


「でしょ!

 私が、ママの弓で仕留めたのよ!」


「ミミ、やったわね!」


 お母さんから頭を撫でられ、ミミは、目を細め喉をゴロゴロ鳴らしている。かなりモフラー心が刺激される光景だ。


「こりゃ、腕がなるぜ。

 おい、ママ、今日は閉店にしといてくれ」


「はい、あなた」


 おい、それでいいのか、この店は!

 そう思ったが、すでに二人は、自分の仕事に取りかかっている。

 まあ、ここは任せてしまうか。

 ミミが、俺とポルをお客用のテーブルに座らせる。


「ちょっと待っててね」


 彼女はそう言うと、再びキッチンに入っていった。

 きっと、ミミパパの手伝いをするのだろう。


 ◇


 しばらくすると、前菜が出てきた。

 マティーニ用のグラスそっくりの器に、薄く切られ、縮れた何かが入っている。フォークですくって、口に入れてみる。

 くにゅくにゅした食感に、酸味のあるソースが合わさり食欲が増す。絶妙な前菜だ。


 次にスープが出る。オニオンスープのような透明なスープに、そら豆に似たものがいくつか浮いている。スープは、見た目とは異なり、濃厚な味がする。

「そら豆}は香ばしく揚げられており、外はカリカリ、中はチーズのようにしっとりしている。すごく旨い。


 そして、いよいよ大きな平皿に乗った、ステーキの登場だ。二センチほどの厚さに切られたお肉だった。

 ナイフで切り、口に運ぶ。驚きが口の中に広がる。ステーキだと思っていたものは、どちらかというとマツタケのような食感だった。

 そして、その味。深く豊かな味わいが、舌を震わせる。少し、チーズに似ているかもしれない。


 お皿の上は、あっという間に空になった。ポルも、空になったお皿を見つめ、残念そうにしている。もっと、食べたかったんだね。育ちざかりだもん。


 最後に出てきたのは、デザート。プルプルのゼリーだった。

 今まで出てきた食事が、全て前菜に過ぎなくなる。そんなインパクトがあった。

 熟した果物のような風味と香り、そして、なによりそのツルン、プルンとした食感。舌の上でふるふるしていたかと思うと、優しい後味を残し淡雪のように溶けていく。

 紛れもなく、人生最高の一品だった。


 俺は、異世界料理の奥深さに感動していた。


 ◇


 出されたお茶を飲み、食後の余韻にひたっていると、ミミパパがやってきた。


「料理は、どうだった?」


「もう、信じられないくらい美味しかったです!」


 これはポル。


「今まで食べたものの中で、一番旨かったですよ!」


 俺も思ったままを言う。


「お前らが今食べたのは、ゴールデン・スライムの料理だぜ」


 え! あれが?


「全部ですか?」


「ああ、全部だ」

 

「前菜や、スープに浮いてたヤツも?」


「ああ、全部だ。

 ステーキも、デザートもな」


「でも、全く食感が違いましたよ」


「ゴールデン・スライムはな、下処理と調理法によって、あれだけ違った食感が出るんだ。

 なによりすごいのは、風味まで変化することでな。

 入手の困難さも手伝って、幻の食材って言われてるのさ」


「へえー、それほど凄いものだったんですね。

 しかし、どうやって、それほどの調理法を身に着けたんです?」


「昔、湖沼地帯に住んでる賢者と知りあってな。

 その方から、レシピを教えてもらったんだ」


「はー、しかし、これだけ美味しいと、さぞ高価なんでしょうね」


「ああ、部族長の婚礼などで出されるのが普通だからな。

 目ん玉が飛びでるような値段になるぞ」


「ふわー、そんな値段なんですか」


「そうだぜ、ポン太。

 お前らが食ったので、まあ、金貨一枚はするな」


「えええっ!!」


 美味しいわけだ。百万円の食事とはね。

 しかし、その賢者、半端ないな。どうやったら、あれだけの調理法にたどり着くんだ。スライムマニアか?


「まあ、お前らからもらったもんだ。

 タダみたいなもんだから、明日から町の皆にふるまうさ」


 え? いつの間にかスライムを上げちゃったことになってる。まあ、ミミが仕留めたから、いいんだけどね。

 ミミ、ポル、俺は、討伐成功の乾杯をしてから、それぞれの寝床に帰った。


 ワンニャン亭には次の日からもの凄い数のお客が押しかけ、俺たちは、しばらく食事に行くことができなかった。

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