第52話 出発に向けて

 俺は、獣人国へ渡るための準備を始めた。

 この世界と獣人世界は、複数のポータルで繋がっている、いわゆる、「近い」関係にある。

 そのポータルの一つは、アリスト国東部、鉱山都市にある。

 問題は、「近い」関係のはずなのに、その世界の情報が非常に少ないことだ。この国のおとぎ話や物語に、たびたび登場する獣人だが、リアルな情報が乏しい。これは、恐らく、獣人をさげすむ風潮からきているのではないか、そう俺は考えている。


 獣人世界には大陸が三つあり、それぞれに特徴的な獣人が住んでいるらしい。植生は、この国とかなり違う。魔獣も動物も、大型のものが多いそうだ。

 獣人にはいくつかの種族があり、種族間の争いがしばしばおこる。

 どうも、人探しするには、厳しい世界のようだ。


 ただ、獣人世界にも冒険者ギルドがあるそうで、ランクや討伐の制度もこちらとそっくりらしい。こちらの世界のギルド章が、向こうでも使えるそうだ。舞子を探すとき、ギルドが力になってくれるかもしれない。

 噂では、世界を越えてギルド間で連絡をとる通信手段があるのではないかと言われている。もし、それが本当だとしたら、きっと極秘の技術だろう。


 獣人世界へ行った経験がある金ランクの冒険者から、向こうに行く前に買い揃えるべきもの、行ってから買うものなど、詳細に聞いておいた。

 こういった情報は、全部、『点ノート』に記録している。

 これは、点に文字が付けれられるのを利用し、板状の点ちゃんをノート代わりにしたもので、恐ろしく便利だ。重さが無く、なによりかさばらない。使わないときは、点に戻しておけばよいのだから。それに、ペンすら不要だ。


 そうこうしているうちに、出発の日が近づいてきた。今日は、最後の打ちあわせに、ギルドに来ている。


「おい。

 麻痺状態回復ポーションは、用意したか?」


 マックが声を掛けてくる。


「ええ、何本か用意してます」


「二種類あるか?」


「え? 

 二種類、必要なんですか?」


「ああ。

 相手が動物型か昆虫型かで、使う種類が違うぞ」


「えっと、黄色いポーションだけ用意してます」


「それは、動物型のだな。

 白いのも用意しとけ。

 ほれ、お前が採集依頼でやった、白雪草が材料だよ」


「ああ、あれは、麻痺状態回復ポーションの素材でしたか」


 かつてルルと草原で花摘みしたことを、懐かしく思いだしていた。あの時間ときが、どれほど貴重だったか、今なら分かる。


「何を持っていくか言ってみますから、チェックしてもらっていいですか?」


「それはいいが。

 お前、それを全部、覚えてるのか?」


「ええ、なんとか」


「ふう~、相変わらず、何が飛びだすか分からねえビックリ箱だぜ、お前は」


 まあ、点ちゃんが頭の中で『点ノート』を読んでくれたのを、俺が復唱するだけなんだけどね。


「いいぜ。

 チェックしてやるから、言ってみな」


 俺は、かなり長いリストを、どんどん読んでいった。

 マックは目を閉じ、それを聞いていたが、時々目を開けてメモを取っていた。

 俺が読みあげ終えると、そのメモを渡してくれる。


「ここは、変えといた方がいいぜ。

 特に、現地に行ったらすぐに、水の魔石だけは確保しとけよ」


「はい。

 他の人からも、それは注意されました」


「ワシも若いころ、一度だけ行ったことがあるんだが、あの世界は綺麗な水の確保が難しいことがあるからな」


「気をつけます」


「お前が向こうへ行く前に、ギルドが音頭とって壮行会やるから、すっぽかすんじゃねえぞ」


「え? 

 いつの間に、そんなことに――」


「キャロが、ずい分と張りきってるからな。

 まさか、それをがっかりさせるようなことはせんだろう?」


 う~む。どうも、いつまでたっても、このギルマスに振りまわされている気がする。


「ま、こっちにも、お前を驚かすネタがあるしな」


「な、何でしょう?」


 どうせ、ろくなもんじゃないよな。

 俺は、すでに諦めムードになっていた。


 ◇


 数日後、ギルド一階の飲食スペースを貸しきり、俺の壮行会が行われた。

 珍しくマックが挨拶をした後、冒険者が一人ずつ言葉を掛けてくれる。


「針金虫には、注意しろよ」

「水の魔石は、大事だせ」

「靴は、防水のものがいいぜ」


 そういった、実用的なアドバイスから、


「どうして、ルルちゃんは、お前に……」(ブレット)

「勇者様のサインちょーだい!」

「女王様が使った食器を盗ってこ~い!」


 などと、酔った勢いで好き勝手な発言をする者もいる。まあ、冒険者ギルドらしいっていえば、らしいよな。

 そして、最後にマックが、特大のサプライズをかましてくれた。


「えー、最後に、この場を借りて伝えておくぞ。

 ワシは、今日でギルマス引退だ」


「「「ええーっ!!」」」


 さすがに、これには一同驚いた。


「引退って、一体どうしたんです!?」


 一気に酔いが覚めたブレットが、マックに詰めよる。ま、なんだかんだ言って、ヤツはマックを尊敬してるからね。


「ちょいと、やることができた」


「やることって?」


「それは、おいおい分かる」


「そうは言っても……」


「ワシの後任も発表しておくぞ」


 え? そこまで決まってるの?


「新しいギルマスは、この……キャロだ」


 緑の服を着た妖精のようなキャロを、マックが抱えあげ、彼の右肩に乗せる。


「おおー!」


「キャロちゃんなら、大歓迎だぜ!」

「ボク、ギルドに入りびたろうかな」

「俺、感激っ!」


 さっきまで、うなだれていたのが嘘のように、冒険者のテンションが上がる。


「えと、新しくギルドマスターを拝命するキャロです。

 みなさん、いろいろ助けてくださいね!」


「うおーっ! 

 助ける、助ける!」

「いつでも、言ってー!」

「キャロちゃん、命~!」


 もう、無茶苦茶だ。

 これ、本当に俺の壮行会か?


 苦笑いを隠せない俺は、しかし、なぜかすがすがしい気持ちになるのだった。


 ◇


 次の日、マックにチェックしてもらった変更点を埋めるため、俺は道具屋と薬屋を回り帰宅した。


 ルルが、ちょうど昼食の用意をしてくれていた。

 リビングのテーブルには、六枚のお皿が並んでいる。

 ルル、リーヴァスさん、子供たち二人、俺。合わせて五人だから、どうみても一つ多い。


「ルル、お客さんでも来るのかな?」


「きっと、驚きますよ」


 ルルはそう言うと、庭に面した窓を開ける。


「おじさま、そろそろ、お昼です」


 庭を見ると、隅の方で草を抜いている大きな背中がある。大きな背中って言っても、限度があるだろ。ありゃ、大き過ぎる。

 大男が立ちあがり、こちらを向くと、やっぱりマックだった。


「ああ、ちょうど終わったところだ。

 ご馳走になるぜ、ルルちゃん」


 マックが、のそのそとリビングに入ってくる。


「リーヴァス兄貴、終わりましたぜ」


「あ、兄貴!?」


「ああ、ワシがお前くらいの時から、ずっとこの呼び方だぜ」


「……」


 マックが窮屈そうに椅子に座ると、食事が始まる。子供たちはマックが珍しいらしく、食事をこぼしながら、そちらを見ている。

 まあ、大きな熊さんと思えばね。


「ギルマス、じゃなかった、マックさん。

 これは、どういう……?」


「ああ、お前がいなくなると、この家の大人は、ルルと兄貴だけになるだろうが」


「ま、まあそうですが」


「そうなりゃ、依頼を受けるにも、何をするにも不便だろう」


「それは、一人しか動けないですからね」


「三人いれば、自由が利くからな。

 それで、お手伝いに来たってわけよ」


「あのー、もしかしてですが、ギルマス辞めたのって――」


「おおよ、ここで兄貴の力になるためよ」


「……」


 大丈夫かね、この人。


「ワシはな、若い頃から、何度も兄貴に命を救われてんだ。

 それで、ずっと恩返しするチャンスを狙ってたんだがな。

 なんせ、討伐でもなんでも、兄貴に敵うことなんてねえ。

 だから半分、恩返しを諦めかけてたのよ」


 なるほどねえ、そういうことだったのか。


「そんなときに、この家のことを聞いてよ。

 もう、チャンスは今しかねえって、決めちゃったのよ」


 決めちゃったのよって、言われちゃってもねえ。

 まあ、もうギルマス辞めてるしね。


「ワシも冒険者辞めたわけじゃねえから、兄貴と討伐に行ったりできたら、もう最高じゃねえか」


 まあねえ……もう、好きにしてくださいな。


「どうか、この家の事、よろしくお願いします」


 俺はマックに向かい、深々と頭を下げた。


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