第10部 旅立ち
第51話 聖女の行方
ここのところ、俺はアリスト城の書庫にこもっている。
マスケドニアの至宝である多言語理解の指輪は、なんと文字の読解までも可能だった。古い書籍を中心に、俺はあの消えたポータルについて調べている。
舞子が囚われていた教会は、かつてこの国で栄えた宗教団体が管理していたこと。それがアリスト国建国の際に騒乱で焼けおちたこと。
教会には、上位聖職者が脱出するための、ポータルが設置されていたこと。いや、おそらくは、そのポータルがあったところに、教会が建てられたらしい。
ポータルは、その性質上一方通行のものが選ばれたこと。
行く先は、獣人が住む世界であること。
俺がこのようなことを調べあげた時には、舞子が消えてから、すでに一か月がたっていた。
壁のように積みかさねられた古書の間から、畑山さんの顔がのぞいた。
「これはこれは、女王陛下。
本日は、また何の御用で?」
「もう!
私たちだけの時は、よしなさいって言ってるでしょ!」
畑山さんは、三週間前、国王に就任した。彼女のことだから、きちんと考えた上での結論だろう。
俺は、彼女が国王になった理由の一つが、舞子捜索の力になるためだと知っていた。
現に、この書庫は、王族以外は立ちいりが禁じられている。俺がこうしてあのポータルについて調べられるのも、畑山さんのお陰だ。
「およそ調べはついたようね」
「どうして、そんなことが分かるの?」
「あんたねえ、たまには鏡を見なさいよ。
普段のぼーっとした顔が、ここのところ鬼のようになってたわよ」
「え?
そうだったの?」
俺は顔を手でつるりと撫で、そのまま立ちあがった。
「で、何が分かったの?」
「加藤にも話しておいた方がいいだろう」
「そうね。
では久しぶりに、一緒にランチでもするか」
ランチといっても、王族用の豪華なものだ。
「頼むよ。
加藤には、俺から念話しとくから」
自分にも協力できることがあるかもしれない。加藤はそう言うと、予定していた旅に出るのを引きのばしていた。本当は、俺と畑山さんのことが心配だったからみたいだけどね。
「じゃ、後で会おう」
俺は立ちあがると、書庫を後にした。
ここのところ、ほとんど家に帰っていない。
今日は、午後からナルとメルの相手をしよう。
◇
家に帰るとルルと子供たち、それからリーヴァスさんが待っていた。
今日は、家族水入らずということで、キツネたちは来ていない。
「リーヴァスさん、お久しぶりです」
「おお、お帰りなさったか」
舞子の事件後、リーヴァスさんは城の執事を辞め、冒険者に戻った。ギルドからの依頼で、新人冒険者の指導にあたっているそうだ。
「今日は、ちょっとお話ししたいことがありましてな」
「夕方でも構いませんか。
ナルとメルを外に連れていってやりたいんです」
「一緒に行ってもいいですかな」
「もちろんです。
ぜひ、来てください」
この日は、例の河原で、日暮れまで遊んだ。
リーヴァスさんは、意外にも子供の相手が上手かった。笹舟造りや、手で魚を捕まえる方法を、優しくナルとメルに教えていた。
ナルとメルは、リーヴァスさんが大好きになったようで、ずっとまとわりついている。あまりに仲がいいので、俺が少しねたましく思ったほどだ。
まあね。パーパは、最近あまり家にいないもんなあ。
俺はひたすら反省した。
◇
家に帰り、子供たちがいつもより早く寝てしまうと、リーヴァスさん、ルル、俺の三人がリビングに集まった。
ルルが香草茶に興味があると知り、俺はお茶をたてる練習をしている。やっぱり、ルルが喜ぶ顔、見たいじゃない。
今、三人の前にあるお茶も、俺が
「ふむ、なかなかよく
ルルや、よくがんばったな」
「あ、それは、旦那様が点てたお茶です、おじい様」
「なんと!
多才な方ですな、あなたは」
「いえ、そんなことは……それより、お話というのは?」
「まずは、この美味しいお茶をいただこうではありませんか」
リーヴァスさんはそう言うと、大切そうに少しずつお茶を飲んだ。
三人のカップが空になり、二杯目を注いだところで、リーヴァスさんが話しはじめた。
「今回の話は、
「はい」
「聖女様を、さらった男の事です」
「リーヴァスさんは、ヤツをご存じで?」
「話せば長くなります。
初代国王と同じパーティにいた縁で、私は彼の息子、つまり、皇太子のお世話をしていたことがありましてな……」
皇太子は、彼にとても懐いており、彼も自分の子供のように接していた。皇太子が毒殺されたとき、彼は非常に心を痛めた。
その犯人を捜すため、執事として城で働いていた。
「聖女様をさらった男が、まさに私が調べていた者です」
コウモリ男め。悪事には、ことごとく絡んでくるな。しかし、建国の英雄であるリーヴァスさんが、執事に身をやつしていたのは、そういう理由だったのか。
「彼を逃してしまい、申しわけないです」
「いいえ、お気にせず。
こちらは、どうしても証拠がつかめずにおりました。
あのままでは、手をこまねいて見ているだけでしたろう」
「そうでしょうか」
リーヴァスさんは、静かに目を閉じた。少しして目を開くと、俺に問いかけた。
「あなたは、彼を追いかけて、ポータルを渡るおつもりですかな?」
良い機会だから、ルルにも話を聞いてもらおう。
「ルル、君も聞いてほしい。
俺は、聖女にとても大切な仕事を頼まなければならない」
ルルが、俺の目をまっ直ぐに見て頷く。
「聖女とその男を追いかけて、獣人世界へ行くことを許してほしい」
ルルは、ふうーっと息をついた。
そして、俺の目を見ながら話しはじめた。
「ナルとメルのことは、私に任せてください。
ここで聖女様を追わなければ、旦那様が旦那様でいられなくなります。
どうか、ご自身が信じることをなさってください」
感極まって、俺は涙を流していた。そんなところを、リーヴァスさんに見せたくなかったが、止められないものは止められない。
そんな俺たちを見て、リーヴァスさんは、深く頷くとこう言った。
「あなた方二人なら、何があっても安心ですな」
ルルが顔を赤らめ、微笑む。
「提案があるのだが……あなたが獣人国に行っている間、私がこの家に住まうのはいかがかな?」
リーヴァスさんから思わぬ言葉が出た。
「えっ!?
そのようなことを、お願いしてもよいのですか」
「私自身が、ぜひそうしたいのですよ」
そう言うと、彼は、にっこり笑った。
それは、俺が初めて見る、リーヴァスさんの素晴らしい笑顔だった。
◇
次の日、ナルとメルが朝起きると、リーヴァスが一緒に住むことになったと告げた。
二人とも、本当に跳びあがって喜んだ。
「じーじと、お風呂に入るの!」
「じーじに、お馬さんしてもらうの!」
いや、『雷神』のお馬さんは、さすがにないだろう。
昼前に簡単な荷物を持ち、リーヴァスさんが現れた。さすが冒険者、身軽だ。子供たちは、さっそく彼に飛びつき、遊んでもらっている。
昼には、得意料理を振まってくれるとのこと。
俺とルルは、エプロン姿が妙に似合う、リーヴァスさんの後姿を見て微笑んでいた。
「アニキー、こんちはー」
そこへ、ボス、ゴリさん、キツネ、モヤシ、タルの五人が現れた。ウチにこの五人が揃うのも、久しぶりだ。
彼らは、キッチンで、エプロン姿の男性が働いているのに気づいた。
「あー、爺さん。
それは俺らがやるから、休んでていいよ」
「そうそう、老人は、ちゃんといたわらないとな」
好き勝手なことを言ってる。
「ルルや。
この方々は、どなたかな?」
料理の手を停めたリーヴァスさんが、リビングに顔を出す。
「はい、旦那様のお友達です。
おじい様」
その瞬間、キツネたちが、ぴきーんと固まった。
「アネさんのお、おじい様とおっしゃると……」
「ああ、雷神リーヴァスだね」
俺が、答えてやる。
「……。。。」
あー、また、気絶しちゃったよ。
ほんと、どうしたもんかねえ。
こらこら、子供たち。気絶したおじちゃんの股をくぐって遊ぶのやめなさい。
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