第8部 炎
第39話 秘策
アリストの城下町に帰ってきた。
玄関で、帰りを待ちわびたナルとメルがぶつかってくると、家族の元に帰てきたという実感が湧く。
ルルには花のブローチ、ナルとメルにはお菓子とリボンをお土産にした。リボンはダートンの草木染めで、そこの特産品でもある。
ナルとメルはさっそくルルに頼んで、髪にリボンを結んでもらっている。三人とも実に楽しそうだ。
自分の部屋に入り、加藤たちと念話で話す。もちろん、議題は、停戦に向け、次に何をするかだ。
「何はともあれ、マスケドニアの国王が停戦に本気だと分かってよかったわね」
さすが畑山さんだ。まず、分析から入る。
「まあ、それが分かってりゃ、これからすることに思いきって取りくめるかもな」
加藤が続ける。
「とにかく、向こうとの連絡は絶やさないようにしないと」
「加藤、あんた、あの女の子のこと考えたでしょ」
(ぎくっ)
「おい。
今、ぎくって音が聞こえなかったか」
「まあ、念話だからねえ」
そんなことも、あるでしょ。
いつもは聞き役の舞子が、珍しく発言する。
「史郎君は、次にどうすればいいと思う?」
「そうだなあ。
アリスト王の周辺や騎士のほとんどが王の言いなりのようだから、まず自分たちだけで何ができるか、考えてみよう」
「そうなりゃ、出来ることってかなり限られてくるな」
「お、どうしたの加藤。
何か気がついたなら、言ってみなさい」
畑山さんは常にクールだ。
「国民と一緒に、一斉蜂起するとか」
「そんなことだと思ったわ。
まあ、あんたには期待してないけどね」
「船を奪って海外に逃げるとか」
「この国に海なんかないわよ、湖はあるけどね」
「いっそ、マスケドニアに逃げてしまうとか」
「あんたねえ、現実味のない話ばかりしないの!」
「いや、そうでもないかもしれないぞ」
「だろ!
ボーなら分かってくれると信じてた。
百姓一揆だよな」
一斉蜂起の光景が頭に浮かんでるんだろうねえ、加藤は。
しかし、百姓一揆はないだろ、百姓一揆は。
「俺が言ってるのは一斉蜂起ではなくて、マスケドニアに逃げる策」
「逃げてどうするの?」
「誰がマスケドニアに行くか。
そして、その後、どういう行動を取るか。
その辺を煮詰めれば、一つの案かもしれない」
「そうかしら……。
じゃ、まずは各自で、誰が行くか行って何をするか、その辺を考えてみましょう。
次の念話会議は夕食の後で。
いいかな?」
さすが畑山学級委員長。仕切りの切れ味が違う。
「ボー、マスケドニアの連絡役から報告があれば、俺にも回してくれよ」
加藤の熱がこもった念話が聞こえる。
「ああ、チャンスがあればな」
加藤君、何が言いたいか分かるが、さすがにこの状況でそれは無い。
◇
念話が切れると、家に来ていたキツネたちにもお土産を渡してやる。
男性には食べ物系、女性にはハンカチやスカーフが人気のようだ。
素朴な風合いの草木染は、ここでも好評だった。
苦労したのは、食べ物系のお土産の方なんだけどね。
ふと思いつき、『点ちゃん収納』を使うためのノートを作ってみた。
この世界のノートは、分厚い紙を数枚、糸で閉じただけのものだが、筆記具は魔道具になっていて、地球のものに劣らぬほどの書き味だ。つい先日発売された最新式だそうだ。
ページに、次のように書く。
□ 温泉水饅頭
□ 草木染ハンカチ
□ ホワイトエイプの人形
そして、それぞれを収納した点を、□の上に貼りつけておく。しかし、点魔法の点って、ノリもつけないで、なんでくっつくのかな。
使いたいものは、□から点を取りはずし、元の大きさに拡大すれば出てくる。我ながらいいアイデアだとニヤニヤしていたら、点ちゃんの声が聞こえた。
『(・ω・)ノ ご主人様ー』
お、点ちゃん。何だい?
『(・ω・) 要するに、点に名前を付けたらいいわけですよね』
そうだけど……って、まさか!?
『(^ω^) できますよー』
また出た、できますよー。 嫌んなっちゃうな。
『(>o<)ご主人様、怒ってる?』
怒ってない、怒ってない。あれ? 前にもこのやり取りしなかったか?
『(・ω・) 点を分けるときに、名前をイメージすればいいんですよ』
じゃ、やってみるか。
「ホワイトエイプ人形」
で、その点を箱にしてから人形を入れ、また点に戻す。
点をチェックと。
お! 出てる。
点の上に「ホワイトエイプ人形」ってタグが表示されてる。これは、便利だな。
点ちゃん、この文字は誰にでも見えるの?
『(・ω・)つ(秘) ご主人様にしか見えませんよー』
よし、これも有効活用を考えてみよう。
しかし、この人形、恐ろしいほどゴリさんに似てる。彼をモデルにしたんじゃないよな?
◇
夕食後、地球からの転移組四人は再び念話でミーティングした。
『じゃ、まず加藤から発表して』
仕切りは、当然のように畑山さんだ。
加藤が即座に答える。
『いいぞ。
俺が一人でマスケドニアに行く。
畑山さんと、舞子ちゃんは残ってくれ』
『で、その理由は?』
『えーっと、俺は体力があるし機動力が高いだろ。
だからだ』
『あ、そう。
それがホントの理由ならいいんだけどね』
『べ、別の理由なんかないぞ』
『まあ、見え見えだけどね』
どうも、加藤は信用されてない。
『次は、舞子、お願いね』
『うん。
私は、三人全員で行けばいいかなって』
『まあ、それだと確かに心細くはないわね』
『しかし、それだと、危機感をあおられたこの国が、一気にあちらに攻めこむ可能性があるぞ』
『そ、それもそうかな。
そうなったらダメだよね』
『じゃ、次は私ね。
私は、加藤と私で行くのはどうかな、と考えてるの』
『畑山さん、その理由は?』
『そうね。
二人とも戦闘力が高いから、ある程度の事なら対処ができるでしょ。
怪我をしたくらいなら、私の治癒魔術もあるしね。
それに、舞子はこの町から離れたくないだろうから』
『えっ……それは、そうだけど』
『最後に、ボー、あんたの意見はどう?
あんたは、マスケドニア国王に直接会ってるんだから、一番確かな意見が言えるでしょ』
『う~ん、そうだな。
まず、加藤はマスケドニア、畑山さんはアリストという配置がいいだろうね』
『それは、なぜ?』
『それぞれの戦闘力が高いのはもちろんだが、それだからこそ分かれたほうがいい』
『戦力のかたよりがないようするのね。
で、加藤が向こうに行くべき理由は?』
『アリスト国王が開戦を決めたのは、加藤の存在が大きいんだ。
加藤がいなくなるだけで、戦争を始めるための支えが大きく減る。
俺たちが思ってる以上に、勇者という存在は大きいようなんだ』
『なるほどね。
それで、舞子は?』
『う~ん、それが難しい。
加藤に対する治療のことを考えたらマスケドニア行きなんだけど……なんとなく、この国にいたほうがいい気がする』
『でも、舞子を狙っている勢力がいるんでしょ』
『だからこそだ。
ヤツら、舞子がいなくなれば暴走しかねないぞ』
『なるほどね。
加藤と舞子はどう思う?』
『俺は、ボーの意見を支持するぜ』
『私は……私も、史郎君に賛成する』
『おいおい。
自分の命が懸かってるんだ。
軽々しく決めないでくれよ。
少なくとも三日間は、よく考えてくれ』
『そうね。
時間も無いことだし、それがぎりぎりでしょうね』
『じゃ、三日後にまた話せるようにしておいてくれ』
『いいわ』
『おう』
舞子の返事はないが、点ちゃんに向かって頷いているのだろう。
三日たてば、俺にはこちらの意見を持ち、マスケドニアと接触する仕事がある。いつの間にか、くつろぐどころじゃなくなってる。
仕事の合間を見つけて、絶対どこかでゴロゴロのほほ~んとしてやろう。
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