第17話 ドラゴンが棲む山


 いよいよ、山頂へ向かう日が来た。


 予定では、今日中にドラゴンを討伐して山を下りることになっている。ただ、万一に備え、山でのキャンプにも対応できるよう準備している。

「討伐に行ったけれど、ドラゴンちゃんは、お留守でした」

などということは、通用しないらしい。


 昨夜ブレットたちと、シチュエーション別の安全対策をおこなったが、ドラゴンが空を飛べるということがやっかいで、結局は各自が臨機応変に対処するしかないらしい。

 とにかく生き残ること。それをみんなで確認しあった。


 山に霧がかかる早朝は避け、昼前の出発となった。山頂までは、一時間ほどで着くらしい。

 山道は、やはり雨の影響でかなりぬかるんでいた。途中、二匹のロバ型生物が、荷物ごと谷底へ消えた。

 この山は、火山活動があるのか、木が一本も生えていない。だから、バランスを崩したら最後、谷底までまっさかさまだ。


 山頂が近づくと、そこかしこに何かの骨が散らばるようになった。ドラゴンの食事跡かもしれない。

 先頭を歩いていた騎士から、ゆっくり進むようにと指示が出る。どうやらドラゴンのは、すぐそこらしい。

 ルルが手を握ってくる。この温かさだけは、絶対に守る。


 行進が停まった。先頭は、すでにドラゴンを視認しているらしい。

 突然、空がかげると、突風が吹きつけた。見上げると、信じられないほど大きな影が空を覆っている。


「ドラゴンだーっ!」

「でたーっ!!」

「うわーっ」


 目と鼻の先で、バランスを崩した隊列が谷底へ落ちていく。

 バサッバサッという音がする。ドラゴンは、上空でホバリングしているらしい。

 弓隊が矢を射かけるが、ドラゴンの翼が引きおこす風で、矢は全く見当違いな方向へ落ちていく。

 魔術隊は精神集中できていないようで、時々チョロチョロと青い光を飛ばすだけで、ドラゴンにダメージを与えた様子はない。

 やがて上空が晴れたと思ったら、ドラゴンはあっという間にいなくなっていた。


泥で汚れるのもかまわず、みんな地面にへたりこんでいる。まあね。どうみても命拾いしてるもんね。ドラゴンがその気なら、すでにみんな生きてないよ。


 後ろから伝令が来た。山を少しくだったところにある平坦地にキャンプを張るらしい。

 よろめきながら降りていく隊列は、どうみても敗残者の姿だ。

 ルルは俺の手を一度強く握ると、前方に向かった。ギルド関係者と連絡を取るとのこと。


 平坦地に着くと、ほとんどの人が崩れるようにしゃがみこんだ。地面に横たわり、体を震わせている者もいる。

「銀ランクだからドラゴンには敵わない」

 今なら出発前にブレットがそう言ってた意味がよく分かる。

 というか、これランクなんか関係なくない? こっちがどんなに強くても無理があるだろ。


 数人がよろめきながら、タープテントを設営している。まあね、この状態じゃ、まともにテントを張るのも難しいからね。雨露しのげたら十分だと思わないと。


 ギルド関係者が集まっているところに向かう。どうやらギルドメンバーは、自分が最後だったらしい。


「そろったな。

 あれがドラゴンだ。

 強力な特殊個体に当たったようだ」


 えーっ! ただでさえ勝てそうもないのに、特殊個体かよ。絶望的だな、こりゃ。


「今日はここで野営して、明日もう一度討伐を試みる。

 今日は、無理にでも休んでおけよ」


 マックの話が終わっても、みんなはじっと動かない。しょうがないから、俺がテントの設営を買ってでる。


「俺がテント張りましょうか?

 割と慣れてるんで」


「お、そうか。

 なら頼めるか?

 ほかの者は、座るなりなんなり、休んでおけ。

 テントに入ったら、すぐに寝ろよ」


 ふらふらのギルド職員からテントを受けとると、さっさと設営を始める。大型テントは何人かいたほうが組みたてやすいが、慣れると一人でも設営できる。


「ずい分、手慣れてるな」


「ブレットか。

 まあ、故郷ふるさとじゃ、結構やってたからな」


 くつろぎを求めて、年間五十日以上キャンプしてたからな。


「それより、ドラゴンって全部あんなに大きいの?」


「いや、あいつは特に大きいな。

 あんなに大きいのは、見たことないぞ」


「やっぱり、大きいほど強いの?」


「まあ、そうだな。

 小さくても、特殊個体ならありえないぐらい強いらしい」


「らしい?」


「ああ、ドラゴンの特殊個体と出会って、その後も生きてる冒険者は稀だからな」


「なるほど」


 そういうことなら、でかい上に特殊個体って、ますますどうしようもないじゃん。


「まあ、なんとかなるだろう。

 俺たちが討伐するわけじゃないからな」


 ブレットは俺の肩をポンと叩くと、食事の用意に去っていった。


 そうだった。加藤がやばいぞ。


 ◇


 何の希望もなく、夜を迎えた。

 泥のように眠っている皆を起こさないよう、テントからそっと外に出る。

 雲間から美しい星空が見えた。この世界には、地球で見るよりやや小さな月が二つある。もちろん地球と同じ星座は見あたらないが。

 それにしても、星空は綺麗だなあ、どの世界でも。


 そこら辺をぶらぶらしていると、闇の中から、突然、誰かが現れた。


「失礼ですが、シローさんですか」


 落ちついた女性の声だ。


「あ、はい。

 そうですが」


 俺の名前を知ってるってことは、ギルド関係者だと思うんだが、こんな人いたかな。暗くてよく顔が見えないから、はっきりしないけど。


「ちょっとお話があるのですが、ここではなんですから、こちらに来てもらってもいいですか」


 確かに、ここで話してたら、テントで寝ている人が目を覚ますかもしれないからね。


「ええ、いいですよ」


 女性についていくと、どうも崖に近づいているように思える。


「あー、もうこの辺でいいと思いますよ。

 テントからも十分に離れたし」


「そうですか」


 女性は急に振りむくと、俺に抱きついてきた。

 え!?  なに、このイベント?!


 ちょっと喜んだのは、許してほしい。なぜなら……。

 いきなり凄い力で抱えあげられ、足が宙に浮く。

 女性は崖から身を投げた。


 俺を抱えたまま。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る