第62話

「逃げろ!」


男は木藤だった。


岩崎には木藤の言わんとすることがわかった。


さっきから立ち込めている鼻を突くこの臭い。


間違いなくガソリンだ。


岩崎は振り返り、走った。


木藤はその後を追ってきたが、途中で立ち止まると振り返り、ポケットから何かを取り出した。


それはジッポーのライターだった。


木藤はそれに火をつけると、宙高く投げ上げた。


そして再び岩崎を追って走った。


岩崎は走った。


走って走って走った。


実際に走っていた時間は、それほど長くはなかっただろう。


しかし岩崎には、その時間が何倍もの長さに感じられた。


そして予想していたことが起こった。


爆発音、そして激しい熱風が岩崎を襲った。


――熱い、熱い、熱い!


しかし熱風はすぐにおさまった。


走るのをやめて立ち止まり、振り返ると木藤が走ってきた。


「ぜえぜえぜえ。本気で走ったのは久しぶりだぜ」


木藤はあえぎながら怪物を見た。


岩崎もそれに習う。


怪物は黒い身体の前半分に、目に見える明らかな損傷を受けていた。


そして身体全体が燃えていた。


怪物の身体の後ろ半分が力なく動いていたが、やがてその動きもゆっくりと止まった。


――やったのか?


岩崎のその想いを肯定するかのように、木藤が拳を突き上げて叫んだ。


「やったぞ!」


そして小さく言った。


「金剛、おまえの仇はとったぞ」


岩崎は木藤に聞いた。

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