眠り姫

@rekuriesyon

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桜の蕾はまだ咲かず、暖かくなるのを待ち構えていた。

鮮やかにこの町を彩るであろう、桜の木を見ながら思う。

ふと教室のほうを見た。

やっぱり教室は静かな校庭より凄くうるさかった。

ゲラゲラ笑う奴もいればさほど、興味が無い奴も多かった。

年がら年中お祭り騒ぎの教室が、今日はいつも以上にうるさい。

理由はわかっている。高校生活二年目に訪れる修学旅行の計画をたてているからだ。

計画を立てるに当たって班で机を合わせているから、自然と会話が弾んでしまう。こんなことになるのは中学校までだと思っていたけど、高校生になってもこんな目に遭うなんて、と僕は少なからず呆れた。そもそも何故団体行動をしなくちゃいけない?好きな所へ好きなように行かせて欲しい。

第一、友達が少ない僕は基本単独行動になってしまう。そして先生に叱られる。中学校がそうだった。つまるところ、単独行動をしてしまう僕は別にどこでも良かった。

「おい!聞いてるか?」

と、行きなり言われて驚いたけど、比較的仲が良い高橋に声をかけられたので適当にあしらっておいた。

班は全部で6つあり、全て6人の班となっている。だけど僕の班は5人しか居ない。それは、僕の隣の席の美沙が病院に入院しているらしくて、最近学校に来ていないからだ。別に居ないからどうっていう事でもないけど。あとは佐藤が同じ班で、あとは名前も知らない。

「大崎ってさぁ、なんかボーッとしてること多くない?」



佐藤からの容赦ない攻撃で目の前が真っ暗になりそうだったけど、なんとか持ちこたえた。

「ボーッとしていた方がなんかたのしいんだよね」

「んだよそれ。」

「大崎って天然なの?」

二人からの攻撃で今度こそ目の前が真っ暗になった。

ふと時計をみると最終下校時刻になっていた。

「よし、止めろ。じゃあ今日はこれまでな」

担任から指示が出たので挨拶をし帰ろうとした。

「あれ、大崎って部活入ってるっけ?」

サッカー部の高橋は身長も高くてイケメンだ。

もし僕が女子だったら間違いなく告白しているであろう。

「一応帰宅部っていうのをやっていて、それがさー」

「わかった。もういい」

帰宅部の説明を切られた。

実をいうと僕も佐藤も帰宅部だ。

佐藤は活気溢れる、いかにも運動部女子って感じ。だけど、佐藤は足が遅い。僕はというと決して足が速い訳では無いけど、佐藤に比べれば速い。

「というかさぁ、美沙ちゃん来れるのかな?大崎知らない?」

「知らない。佐藤はどう思うの?」

「わかんねぇなー。ほら、私バカだから」

「うん知ってる」

「ひどっ」

僕は佐藤のボケなんだと思ったんだけど、睨まれたりしたので本気で言っていたのかも知れない。

「美沙さんって可愛いんじゃなかった?」

「ちょっと高橋、どうした?セクハラ止めとけよ」

「高橋にそんな趣味があったとは。意外意外。」

「そんなんじゃねぇよ。あ、そろそろ部活いかないと。」

逃げたと思ったんだけど勿論追いかけない。高橋はそんなやつじゃないから。

「足が速いからなぁ。追い付かねえや。私ももう少し足が速かったらなぁ」

「佐藤の場合は少しじゃなくて猛烈じゃないと無理だね。」

「黙っとけ。ところで好きな人いる?」

行きなりの話の転換に頭が追い付かなかった。

「どっからそんな言葉出てくるの?」

「何となく。ほらいるの?」

「僕にいると思うの?」

「いない」

じゃあ聞くなと言い返してやった。勿論居ないわけではない。だけど付き合う訳でもない。付き合う必要もない。からかわれるだけだし。

いつからか、僕はそんな風に生きている。

誰かに必要とされないように。誰かに頼られないように。

何でだっけ?

いつもいつもいつもこうやって悩んで答えも浮かばないのに悩む。

「ほら、大崎。またボーッとしてる」

目の前に、教室の端で寝転んでいる佐藤がいた。

「ボーッとしている間に放送なって、担任ところまで来い、だって、なにしたの、大崎?煙草でもふかした?」

「なわけ。心当たり無い」

といっておいたけど、結構不安。

だけど職員室に入ると普通の空気だった。

「なんスか先生。」

「あ、大崎君。ちょっと相談なんだが」

「人生相談なら嫌ですよ」

40代を少し越えた辺りの男性教師は笑いながら違うよと返した。

「いや、美沙の事なんだが虫垂炎で入院してて、この修学旅行の許可証、出して無いんだ。だから届けてやってほしくて、病院に行ってくれないか?」

「何で僕が」

「俺今から出張なんだよ。家病院の近くだろ?」

「まぁそうですけど。」

全力で行きたくないオーラを出していたのだが、完璧な防御の体制で押し負けてしまった。

そんな訳で病院にいる。

この病院は県のなかでもトップクラスの大きな病院で、迷子になってしまった記憶がまだ残っている。

指定された大部屋に面会許可をとり、部屋の前に来てガラス越しに美沙さんの顔を見て見た。

勇気を振り絞りドアをノックし、大部屋の個室に入った。

美沙は不思議そうに僕の事を眺めていたけど、優しく笑った。

「し、失礼します。美沙さんであってる?」

絶対に同級生とは思えない挨拶だったけれど、美沙はやっぱり笑って、

「そうだよ。えっと大崎君だっけ?ごめん、この通り入院しててさ」

と返した。

名前を覚えているのがすごいと思ったけど、勿論口には出さない。危なく言いそうになっちゃったけど。

「えっと、あの先生に言われて来たんだけど、虫垂炎だっけ?えっと、平気なの?」

疑問だらけの言葉を返すとそうだよと返された。

取り敢えず僕用事を済ませようと学校から許可証を渡した。

噂には聞いていたけど、美人だった。高校生に見えなかった。色白で指も白く長い。

「どうしようかな。修学旅行」

「行かないの?」

当然聞き返す。修学旅行に行くのを迷うということは結構大変何だろう。ふいに僕は病室の椅子に腰かける。

「最近さぁ体調優れなくて、ずっと寝ているんだよね。起きてる時に来たから、大崎君はラッキーだったんだね」

「そりゃどうも。」

「だから修学旅行行けるかどうか、まだ分からないんだよね。まだ点滴うけてるし。」

「そっか。じゃあゆっくり悩んでおいて。明日取りに来るから」

早く帰りたい症候群が出た僕は話を、半ば強引に終わらせようと椅子から立ち上がったとき机の角に足をぶつけて、棚の上にあったファイルが落ちた。

どうやらその中にはカルテが書いてあるようだが、

「睡……眠……症?」

とはっきりと書かれていた。

「バレちゃったか」

美沙は笑っていた。何がおもしろいんだ?と思ったりした。

「私ね、虫垂炎じゃ無いの。」

「……………………は?」

全く何を言われたのか分からなかった。

「だから、私は虫垂炎じゃなくて、その睡眠症にかかってるの」

睡眠症。

それは幻の病気と言われていて発症例が少なく、未だに解明できていない不治の病。

睡眠症にかかった人は眠くなりやすく、気付いたら寝ていることも多々ある。そして死期が近づくにつれて、睡眠時間長くなり、やがて、永遠の眠りにつく。

原因がなんだかわからない。どうすればいいのかわからない謎の病気。

それにかかってる人がクラスメイトの美沙だというのか。

「あと半年って言われてる。もちろんまだわからないけどね。あーあ。クラスの人にばれちゃった。」

「どういうこと?」

「大崎君以外誰にもクラスの人にはいって無いってこと」

「本気で言ってる?」

それから美沙は一呼吸おいて

「そうだよ」

と微笑みながら笑った。

分からない。なぜなんだろう。なんで死ぬとわかっているのに笑っていられるのだろう。

その後僕たちは携帯の連絡先の交換だけしておいた。

そして僕は、明日また来るとだけ伝えて、その場をあとにした。

歩いて五分も掛からないぐらいの近さだったけど、僕にはいつもより遠く感じた。睡眠病が仮に嘘だったとすると、あのカルテが引っ掛かる。第一、嘘をつく理由がない。本当だとするならば、美沙のしっかり知ってはいけない世界に入り込んでしまったかもしれない。

家に帰ってからも僕は一人で悩んだ。これから美沙と、どう接して居れば良いのだろうか。なにか出来ることはないのか。自問自答が続いた。

ふと携帯の振動音に条件反射の如く通知を見ると、佐藤から勧められたLINEの通知が13件も来ていた。佐藤と高橋しか入ってないけど。マナーモードにしていたから気づかなかった。

»今部活終わった

»おつー。一時間前に部活とっくに終わってたよー

»イーなー、佐藤は

»別にー。羨ましそうに見えないんだけどそういや美沙にちゃんとプリント渡したのかな?

»どういうこと?

»先生から美沙ちゃんの分の修学旅行の許可証病院に渡すように頼まれたんだと。

»へー

»ん?

»いや大崎ちゃんと渡したかなって

»確かに。おーい大崎ー

»渡したかー

»既読つかないね。寝てるな。

»あ、あり得るな。大崎ならやりそう。

超平和な会話だけど、僕の信頼性の低さに驚く。

»ちゃんと渡したよ

と打つとすぐに佐藤から返信が帰ってくる。

»あ、おはよう大崎。。夢の中で渡したの?

»いや、現実

»大崎、明日大雨だな。佐藤も気をつけろよ。

すかさず高橋が入ってくる。

»黙れ

»私に言ってる?それとも高橋

»100%佐藤だな。俺は悪くない

»僕はどっちにも怒っています

アホな会話はそれまでにして、現在残っている課題を埋めることにする。

到底今日では終わるものでは無さそうだった。


翌朝、僕はまた何事もなかったかのように、学校に行かなくてはならなかった。

理由としては昨日美沙から送られてきLINEで、絶対にクラスの人に言わないでと言われたからだ。皆から何か言われたらどう言い訳しようか、悩み続けてながら僕は足を運んだ。


学校に着き教室に入ると、いつもの雰囲気だったので、ホッと胸を撫で下ろす事ができた。

「あ、おはよう大崎。やっぱり夢だった?」

一瞬何の事だか分からなかったが、昨日の続きをしているらしい。

「まだ言ってるの?暇だね。」

と言い返してやった。佐藤はまだ何か言いたそうだったけど、目をあわせずにほっておいたら、勝手に死ねとか言ってふて腐れてた。

高橋は基本的に朝が苦手なので、いつも登校時間のギリギリに来る。

佐藤がずっと頭を下げてずっしりしていたので、『仕方なく』話しかけてやることにした。

「そいや、佐藤って美沙と面識あるの?」

驚きだった。あれだけ美沙の事を話題に出さないように気をつけていたのに、自分で避けていたはずだったのに。

「うん。中学生の時ね。美沙スッゴクおとなしくてさぁ。って今怒ってるの!」

「はいはい。黙っときますよ」

「やっぱダメ」

「どっち」

これで会話が終わって良かった。体調大丈夫なの?とか聞かれたらもうすぐ死ぬなんて言えない。言っちゃ駄目とも言われたし。

「おはよう。大崎、佐藤」

いつもどおり、遅めに登校した高橋にすぐ挨拶を返し、佐藤が僕に対して、塩対応だとか大失態をしたとかで、高橋に助けを求めていた。

ふと、携帯の電源を切っていなかった事に気付き、携帯を取り出すと美沙からLINEが来ていた。「トイレ行ってくる」と二人に伝えて、高橋に携帯持ってったから大だなとか言われた気がしたけど、無視してトイレに向かった。あとで首絞めてやろう。

»明日の土曜日空いてる?

内容としては薄いが、死人のお願いならと

»オーケー

と返した。

わざわざトイレに籠ってまでする事ではなかったようだ。回りからみられると完全な不審者だ。

それからとは言うものは、早かったなとからかう高橋の首を思いっきり絞めてやった。 


そんな話を僕はそのまま美沙に放課後言ってやった。

「はははっ。面白い友達だね」

「本当だよ。」

そのままの気持ちを美沙にいった。すると美沙が何かを思いだしたように、目を見開いた。

「あ、明日来れる?」

「生憎暇でね」

「オッケー。じゃあ明日の9時ここに来れる?」

は?と思った。

「病人が外に出て良いの?」

「うん。医者もこの病気を担当したの初めてらしくて、まだ薬も開発されてないんだよね。だから、これはどうかあれはどうかって困惑してる。まぁ実験台だよね。だから、実験として今週一週間外出していいって言われたの!やったー」

僕はこの反応に困った。

……………。

「……………死ぬのって怖い?」

美沙は少し不思議な顔をした。

どうしてそんなことを聞くの?みたいな。

だけどすぐに笑った。

「さぁ?私の場合は睡眠症だから死ぬ瞬間は分からないから。」

「そっか」

僕は大切な時こそかけてあげるべき言葉がでない。

なんでなんだろう……

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