月明かりの導き

カゲトモ

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「いらっしゃいませ。わ、マスター!」

「久しぶり、想太」

 何の前触れもなしに来店したのは、白髪頭のにこやかな男性だ。

「来るなら来るって、言ってくれれば良かったのに」

 そうしたら色々準備できたのに。心の準備、とか。

「それじゃぁ面白くないじゃないか。サプライズは突然じゃないと」

 そう言って「かっかっか」と笑うと、ずいっと目の前に何かを突き出してきた。

「はい、これ」

「わ、エトワールだ!」

 ポン、と掌に置かれたのは、ネイビーに金の箔押しで“エトワール”と綴られた紙箱。大好きだったケーキ屋の箱だ。

「いいんですか?」

「もちろん、そのために持って来たんだからね。中身は想太の好きなオペラだよ」

「わぁありがとうございます。凄く嬉しいです」

 最近食べられていなかったから、めちゃめちゃ嬉しい!! エトワールのオペラはチョコたっぷりでふんわり洋酒が薫って、最上級に美味いのだ。俺のベストオブオペラだ。

「今でも甘い物好きは変わってないんだな」

「俺は甘いものと酒で出来ていますから」

「僕と同じだ」

 マスターを席に案内すると同時に「ジンバックを」と言われた。あぁ、なるほど。

「懐かしいですね、マスターにジンバックを作るのは」

「この間店に来てくれた時にオーダーし忘れてね。今日は絶対飲もうと思って来たから」

「マスターに作ると思うと、今でも緊張しますよ」

 だってマスターは俺の師匠なんだから。

「もう何年バーテンダーしているんだよ、お前は」

「今日で十三年になりましたね。自分でもびっくりですよ」

 高校を卒業してマスターに弟子入りしたのが、十三年前の今日だなんて。

「ふふ、僕だって驚いているさ。最初はあんなに使えない子だったのに、今ではこんなに立派な店の店主なんだから」

「あの時マスターが俺を受け入れてくれたから、今の俺はここにいるんですよ。ありがとうございます」

 あの日の夜は多分、一生忘れないと思う。凍えるような雨と、初めて見たマスターの笑顔。

『根性あるな、お前。雑用くらいには使ってやってもいいよ』

 何度も追い返されて、それでも諦められなくて。マスターはきっと雨に濡れていたから俺を受け入れてくれただけだと思う。でもそれでも、世界が変わるくらい嬉しかったんだ。

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