マラ損大会はゴールするまで気を抜くな

ちびまるフォイ

大会の名前がすごいやっつけ感

スタート地点に向かうと、

アーチ状にかかったオブジェから長い垂れ幕が下がっていた。



『 第1回 東京マラ損大会 スタート地点 』



「ま、まら……損?」


ミスかと思っていたが、スタート前の係員の説明で間違いでないことを悟った。


「えーー、みなさん。

 この先にあるアーチ状のオブジェに向かって走ってください。

 その後の説明は向こう側で行います。

 順位に応じて、これからの人生の損が減ります」


「損が減るってどういうことですか」


「まぁ、不幸な出来事が起きにくくなるってことです。

 では位置について」


全員がこの先の自分の人生を好転させるために身構えた。


パーン!


はじけるような音とともに全員が一斉にスタートした。

出走前に渡されていたストップウォッチも動き始める。


ストップウォッチには残り時間のほかに別の表示があった。


不幸:42.195



「はぁっ……はぁっ……!!」


走れば走るほど、時計の不幸カウントは減っていく。

完走できれば0損になるはずだ。


しかし……。


「は、早いっ……! みんな早いよっ……!」


最初こそ見えていた集団もぐんぐん差を開けられていく。

思い出されるのは出走前に言われた言葉。


"順位に応じて、これからの人生の損が減ります"


「きょ、距離じゃっ……ないっ……のか……!?」


途中リタイアしてもその分の不幸は減らされる。

そのためのストップウォッチなんだろう。


このままでは完走したとしても順位は低い。

走った距離ではなく、順位を争うものなのだから。


「こうなったら、これしかない……!!」


俺はパンツの中から用意していた吹き矢を用意した。


「ぷっ!!」


「ぐあああ!!」


吹き矢に刺された人は続々とその場に倒れていく。

軽いものなので、俺がゴールするころには動けるはずだ。

でもそれだけで十分。順位を押し上げれさえすればいい。


吹き矢が尽きたら、今度はしょってきた緑の甲羅を投げつける。


「ぎゃああーー!」

「ひいいーー!」

「いてぇーー!」


続々とリタイアしていく選手たち。

コース上には死屍累々と倒れた選手たちが転がっていく。


そしてついにトップの背中が見えてきた。


「なんて速さだ……! とても追いつけない……!」


吹き矢を飛ばそうが甲羅を投げようが、

トップは背中に目がついてるかのように紙一重でかわす。


「くそ! どうなってるんだ!! 全然当たらねぇ!!」


もう限界に近い自分の太ももを叩いた。

そのとき、手首につけられているストップウォッチが目に入る。


「まさか、もう損が減っているのか!?」


ゴールしてから生産されるのではなく、

すでにお互いに不幸が起きる量は減っていっているのだ。


だから紙一重でかわされてしまう。

いまや不慮の事故というものはない。


「もうあれしかない……!!」


トップの選手が最後の給水所を通過してさらに差を開いていく。

はずが、そのまま崩れるように倒れてしまった。


「カ……カラダウゴカナイネー……」


「ふふふ、あーっはっはっは!! 作戦通りだ!!」


追いついた俺は倒れる選手を横切りついにトップへ。


「悪いがここの給水所は俺の関係者に作らせた偽物。

 水には体が動かなくなる薬を入れていたのさ。

 いくら不幸を回避できるといっても、

 自分から飛び込む不幸にはかわしようがないだろ!!」


「コノ……バチアタリ……」


「俺が1位になればその罰も当たるかどうかわからないけどな!!」


勝利を確信して、息を整えながらウイニングロードを走った。


道中に倒した選手が復活する時間も計算している。

途中で大逆転されることはない。


制限時間をたっぷり使い、ついにアーチ状のオブジェが見えた。


「おお!! あれがゴー……ル?」


どれだけ目を凝らしてもゴールテープはなかった。

期待していただけに残念。


それでもアーチの下をくぐると、ちょうど時間がゼロになった。


「お疲れさまでした。東京マラ損大会はあなたが1位ですね。

 制限時間になったので自動終了となりました」


「いやぁ、正々堂々と真っ向勝負でしたが1位でよかったです」


「そろそろアナウンス入りますよ」

「アナウンス?」


きょとんとしていると、ストップウォッチのスピーカーから声がした。



『マラ損大会の参加者のみなさんお疲れ様です。

 では、これから復路"マラソン幸福大会"をはじめます』



表示が切り替わった。


幸福:42.195



「あれ? どうしてあなたは走らないんですか?

 走れば走るほど幸福になるんですよ?」


スタッフは当たり前のように伝えた。



「うわぁぁぁぁーー!!」


俺はもう動かない足を気力だけで動かした。

不幸の少ない人生よりも、幸福の多い人生の方が幸せだと信じて。





『おめでとうございます!

 1位は一番最初の場所で脱落していたあなたです!!』

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