黒炭の季節

 黄金の実る畑は、白金はくきんの季節を迎えるとその年の黄金を刈り取られて、更地同然となる。そうして黒炭の季節になると、銀の綿毛が積もって、辺り一面銀世界となる。あまりに深く積もるので、毎年黒炭の季節になると人足はぱったりと途絶えるものだった。この季節にクエビコのもとを訪れる者があるとすれば、鳥や動物達、風の旅人くらいのものだ。

 広大な銀世界では方向感覚が狂うので、ごく稀に迷い人が凍えながら歩いている時もあった。そんな時クエビコは、鳥や動物達や、時には人に非らざる者に頼んで迷い人を導くようなことをしていた。

 鳥や動物達でも、風の旅人でも、迷い人でもない者が、クエビコの元を訪れる時もあった。

 否、迷い人であることには変わりないのだが、訪れてくる場所が──出発点が違うのだ。

 黒炭の季節の西風は、運び屋をしている。巡り来る青嵐の季節に向けて様々な物を運ぶのだ。運ぶのだが、時折勢いが過ぎて変なものまでさらってくることがある。

 それがその迷い人だった。

 西風の運び屋の掻き集める荷物に引っ掛かって、間違ってついてきて──正確には連れてこられてしまうのだ。

 西風がその迷い人に気付いた時には、迷い人がいた場所からずっとずっと離れてしまっている。場所もわからず帰すに帰せない西風は、困った末にクエビコの所へ迷い人を運んで来るのだ。

 そしてクエビコは、そんな西風にやれやれと身体を軋ませながら、西風の後始末をしているのだ。

 ついこの前などは、よりによって『闇が呼吸する日』に迷い人を置いていった。

 闇が呼吸する日は、一巡の内でもっとも夜が長い日だ。この日は、なみなみと器に注がれた水が零れるか零れないかの瀬戸際のように、光と闇がせめぎ合うとても不安定な日なのだ。

 そんな日に、遠つ国の者が迷い込むと、それだけでこの国は揺らいでしまうかもしれないのだ。日が昇るまで、長鳴き鳥が朝日を告げるまでは予断のならない状態だと言うのに――逆に、そんな日だからこそ、迷い人がやってきたとも言えるのだけれど。

 幸いにも、迷い人は大人しくクエビコの導きについて行ってくれたし、大きな揺らぎがこの国を襲うこともなかった。

 しかし、さすがにこの時ばかりは、普段は穏やかなクエビコも西風に叱責の言葉を投げかけたものだった。

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