2015年
冗長にだけはしたくない
年が明けて2015年。
江戸川乱歩賞に再挑戦すべく、僕は原稿をせっせと書き進めていた。頭の中にあるイメージをどんどん形にできている手応えがあった。
ハードボイルド文体は最初のうちこそうまく書けずに悩んだが、短文をたたみかけるリズムが掴めてくると、一気にペースが上がった。キーボードを打つ手もポンポン動く。
乱歩賞の締め切りは1月末日。
年明けの進捗状況からして、おそらく第一週の終わり頃には完結まで持って行けるだろうと思っていたが、その通りになった。
1月の第二週。
「重力の蝶」と名づけた長編は完成した。
キャラクター、ストーリー、トリック、伏線。今の自分にできる全部を詰め込めたという手応えがあった。
早速、僕はワードのレイアウト機能を使って、40行×40文字の書式を、20×20に変えてみた。
……298枚。
「全然届いてねぇ!」
思わず叫んでしまった。
江戸川乱歩賞――というか、長編ミステリの新人賞では、基本的に20×20で350枚以上という下限が設定されている。
これまでのミステリ長編も、書き上がった段階では枚数が足りていなかった。それでも四苦八苦して最終的には応募にこぎつけている。
今回も同じだ――とは思えなかった。頭から読み返してみたが、追加エピソードがまったく思いつかなかったのだ。
今まではエピソードを複数追加することで下限枚数まで持って行けたが、今回はそうしたアイディアが出てこない。心理描写を増やしてちょっとずつ枚数を伸ばす手もあったが、今作の文体はリズム感が命。冗長にしてしまっては、なんのためにハードボイルド文体を選択したのかわからなくなる。ストーリーの緊張感が大幅に削がれるのは避けられず、動的なサスペンスでは致命的な弱点になる。
改善案を必死で考えたが、いい案は出てきてくれなかった。根本のネタ出しと追加エピソードでは難易度が異なるのだ。次第に締め切りが迫ってきて、焦りは増した。
手を加えてはみたが、原稿枚数はまだ310枚ほど。
これ以上どうやって増やせばいいのか……。
そうして一日また一日と過ぎていき、とうとう最後の週がやってきた。
「駄目だ……」
1月最後の数日、僕は原稿ファイルを開くことができなかった。
そして時間が過ぎ、カレンダーが2月に変わった。
僕の足が郵便局に向くことはなかった。
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