第13話 山路さんから自宅へ招待された(1)

これまで何回も外で会っているのに、彼は私を自宅に招くことはしなかった。私も彼が店へ来ることを嫌がっているのが分かっていたから自分の部屋に誘わなかった。


ただ、回数を重ねると、外で会うのはお互いに周りのことを気にするから疲れるのが分かってきた。


それで彼は私のことを考えて、自宅なら気を使うことも少ないだろうと、自宅に招いてくれたのだと思う。


それに自宅だとすぐにHができる。普通の付き合いを始めた二人の関係はすでにそういうところまで進んで来ている。


「今度の日曜日は僕のマンションへ遊びに来ないか?」


「いいんですか?」


「住んでいるところを見てもらいたいのと、その方が周りに気を使わなくて済むのでいいと思うから」


「あなたが今どんなところでどんな生活をしているのか興味があるから、お邪魔してみようかしら」


「じゃあ、午後3時に池上線の洗足池駅の改札口で待っている」


当日、私は教えられた駅に早めに着いた。駅前に商店街があったので買い出しに行った。せっかく招いてくれたのだから何か手料理をと思ったからだ。


3時に改札口に向かうと彼が待っていてくれた。商店街の方から歩いてくる私に気付いた。私は手には小さなバッグとスーパーのレジ袋を持っている。今日はメガネをしていないが、隣人に見られても構わないように目立たない地味な服装にした。


「早く着いていたんだね」


「買い物をしようと思って。簡単なおつまみを作ります。お酒は準備していただいていると思いますので」


「ワインの赤と白を準備している。それにウイスキーと氷も、出来合いのオードブルも買ってあるから」


「それだけあれば十分に飲めますね」


「マンションに行く前に公園を散歩しないか?」


「この公園の池にはボートもあるし、池を回る遊歩道があるけど、始めにボートにでも乗る?」


「はい、せっかくだから乗ってみたいわ」


「僕もここに10年近くいるけど、1回も乗ったことがなかったから丁度いい」


普通の公園だけど池の周の眺めはとてもいい。お天気もいいので、人々が春の日差しを浴びてのんびりと散歩している。あまり人が多くなくて、落ち着いた感じのする公園だ。池の青臭い匂いがするけど、不快ではなく、むしろ清々しい。


「ボートに乗るって初めてです」


「気をつけて、ここはそんなに深くはないと思うけど、立ち上がったりしないでね」


「大丈夫です。漕ぐのに疲れませんか?」


「1周ぐらいにしておこう、結構腕が疲れる」


「お天気が良くて気持ちいいですね」


「美人をボートに載せて漕ぐなんてことは若いころの憬れだった」


「今はどんな気持ちですか?」


「浮き浮きしているけど、結構疲れる。心地よい疲労を感じている」


「よくおっしゃっていましたね、心地よい疲労!って」


「よく覚えていてくれたね」


「そんなこと言う人はいませんから」


「好きな言葉、いや好きな状態かな」


「ご機嫌のいい時の言葉ですね」


「何かをして疲れているけど充実感があるとき、そんな時はぐっすり眠れる」


「確かにその意味、分かる気がします」


「もう相当疲れた、いいかげん陸に上がろう」


それから今度は遊歩道を二人で一周した。途中に八幡神社でお参り。二人並んで柏手を打つ。私はこの交際が続くことを祈った。そしておみくじを引いてみた。


「おみくじ、どうだった」


「末吉」


「末吉は末広がりで将来が吉だから一番いい。ところで何を占ったの?」


「二人の関係」


「考えてくれているんだ」


「はい」


「後々良しということだからよかった。マンションへ行こう」


山路さんが言うには、この辺りは住宅地だからマンションは3階までしか建てられないとのことだった。部屋は2階で、ベランダからは公園が見えて、花見時は人出が多くて騒がしいが、それ以外はとても静かだという。


そろそろ夕暮れ時で薄暗くなってきている。玄関の自動ドアを入ると、山路さんはキーをボードにかざして中の玄関扉を開けてくれる。2階まではエレベーターで昇り、エレベーター横の209号室が彼の部屋だった。ドアを開いて私を招き入れて、すぐにドアをロックする。


部屋の中を案内してくれた。10畳くらいのリビングに対面キッチンがついている。浴室の扉を開けると洗面所と洗濯機置き場、その奥がバスルーム。浴室の向かい側にトイレ。


二部屋の内、広い方が彼の書斎兼寝室でセミダブルのベッドと机、本棚が置いてある。小さい方が娘さんの部屋で今も身の回りの物が残されている。以前は娘さんが広い方の部屋を使っていたそうで、家を出る時に交換してもらったとのこと。


リビングにはテーブルに椅子が2つ、座卓、横になれる三人掛けのソファー、大型テレビがあった。


「素敵なお部屋ですね。高級マンションはこういうふうになっているんですね」


「そんなに高級でもないけど、いくつか見て回ってみたが大体皆同じだった」


「亡くなった奥さんとはここに住んでいたんですか?」


「亡くなって郊外から転居して来た、すべて忘れようとして」


「でも忘れられなかった、私に会ったから」


「そのとおりだ。だから、あの質問の答えは、そうだったかもしれないし、そうじゃなかったかもしれないだった」


「そうだったんですね」


「でも分かっている。君は君で、妻とは全く違うと。凛、その君を僕は好きになってしまった。僕は今、妻になかった君らしいところを探そうとしている」


「私はどちらでも良いと思っています。私を好きになってくれれば」


「凛、君は君だから」


「私もあなたの亡くなった奥さんの代わりはできません」


「それでいい、その君と付き合いたい。まあ、せっかく家に来てくれたのだから、お酒を飲みながら、おいしいものをつまんで、もっと話をしよう。もし、良かったら今日はゆっくりしていってほしい。泊まってくれたら、なおいいけど」


「お酒を飲むから泊まらせて下さい」


「じゃあ、ゆっくり飲もう、準備するから」


「私も手伝います。それに買ってきた材料でおつまみを作ります」


私は期待には応えてあげようと思っていた。泊ると言ったら、彼はとても喜んでくれた。

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