第12話 山路さんとの箱根への旅(2)

ドアのチャイムの音で目が覚めた。夕食の配膳をしてくれると言う。二人はソファーに座って配膳の様子を見ている。お酒はと聞かれたので、相談して日本酒を頼んだ。


「眠っていたみたいだね。二人は日ごろよっぽど疲れているのかね」


「こんなにのんびりしたのは久しぶりです。お店ではいつも自然と緊張しているのかしら」


「僕は会社ではいつも緊張している。だから帰ると必ず晩酌をして緊張をほぐしている」


「私も一人で切り回しているので気を使うことは少ないけど、やっぱり、客商売は気を使います」


「たまにはお客になるのも悪くないから、今日はのんびり飲んで食べよう」


「そのために来ましたから」


「自炊しているの」


「もちろんです」


「料理は何が得意なの?」


「お店のメニュー位ならなんとか、お味はいかがでしたか」


「オムライスはおいしかった」


「ほかに作ろうと思えばなんでもできますけど」


「そりゃあ大したもんだ」


「僕は料理と言えば野菜炒めか生姜焼き、カレーライス、シチュウ、肉じゃがくらいかな。娘にいつもレパートリィーが少ないと小言を言われていた。そのうち娘が食べたいものを自分で作るようになったから、それはそれでよかったと思っている」


「私も父子家庭でしたので、中学生のころから自分で食べたいものを作るようになりました」


「それで自然と料理を覚えた?」


「自己流ですが、このごろはネットで調べて作ったりしています。便利になりました」


そんなことを話していたら夕食の準備が整った。食べきれないくらいのご馳走が並んでいる。二人は席へ移って食べ始める。


「作ってもらった料理をのんびり食べるっていいですね」


「ここの料理はおいしいね」


「家では料理を作るんですか?」


「いや、仕事で帰りが遅くなることが多いので、弁当や総菜を買って帰ることが多いかな」


「外食はしないんですか?」


「僕はどちらかというと外食はしたくない方なんだ。大体、夕食の時にお酒を飲まないと緊張が解けない。やはり会社でストレスを感じているからかな。だから、外で食事を終えて少し酔いが回って気分のいいところで家まで帰るのが嫌なんだ」


「その気持ち分かります」


「食べてからすぐに横になってのんびりしたいから、弁当や総菜を買って帰って、それを晩酌しながら食べることになる。食べたらすぐに横になってテレビでも見る」


「でも一人で食べるのは味気ないですね」


「誰かと食べるとまたそれはそれで気を使うからね」


「私と食事する時も気を使っていますか?」


「君は特別だから、特に気を使っている」


「いつも気を使っていただいているのはよく分かっています。ありがたく思っています」


「でも楽しいから、それに喜んでくれるから、それでいいんだ」


「やっぱり一人は寂しいですね。私もお店以外では一人でいることが多いから」


「所詮人間は孤独なものさ、そんなことはとうに分かっている。それには慣れた。いや、諦めた」


「強いんですね」


「辛いことに耐えるには一人の方が良いと思っている。二人だと辛さが倍になる。でも楽しい時は二人がいい。楽しさが何倍にもなる」


「優しいんですね。確かに辛いことは愛する人とは分かち合いたくないですね」


「一緒にいても、君に負担をかけるつもりはない。ただ、いつもそばにいて楽しい時に一緒に楽しんでくれたらとそれでいいと思っている」


「それはとても楽なことですが、一緒にいる意味がありません。辛い時にお互いに助け合えることが大事だと思いますが」


「君にそこまで求めるつもりはない。でも僕は君の辛い時はいつでも助けるから」


「遠慮しているんですね」


「遠慮じゃなくて、大切な人にそこまでさせたくないだけだ」


「お付き合いを始めたばかりですから、そう考えるんですね」


「君とは長い付き合いだったけど、身体だけの付き合いだったからかな、でも心はいつも癒されていた」


「身体だけの付き合いでも身体が癒されると、自然と心も癒されるんです。そして身体の繋がりができると情が移るものですよ」


「その情って何なんだろう。一番大事なもののような気がするけど」


「男女の仲ってそういうものでしょう。難しく考えることないと思います。好きになって、愛し合って、また好きになる。そして絆が強くなっていく。情が移るってそういうことだと思います」


話が弾んだ。私は男女の話になると思っていることを素直に話した。彼はそれを黙って聞いてくれる。お酒も入って十分に食べた。


丁度良いころあいに仲居さんが来て片付けてくれる。それから、布団を二組敷いてくれた。お腹がいっぱいで二人とも寝る気になれないでいる。


「今度はお部屋のお風呂に入りましょう」


「一緒に入るかい?」


「はい、お背中を流してあげます」


「久しぶりで嬉しいな」


「先に入っていて下さい」


あとから入っていくと、窓から向こう岸の湖畔の明かりが見える。湯加減は丁度いいみたい。湯船は二人がゆったりと浸かれる大きさがある。


彼が私の身体をじっと見ている。見られるのには慣れているが恥ずかしい。湯船の中の彼のそばに浸かった。


「丁度いい湯加減ですね」


「大浴場もいいけど、ここもいいね。二人ゆっくり浸かれる」


「こうしていると身も心も癒されます」


「本当にいいね。心が通い合っているともっといいけど」


「通い合っていると思いますけど」


「それならいいんだ」


「心地良くて眠ってしまいそうです」


「ここでゆっくり二人眠っていてもしかたがないから、身体を洗ってくれる?」


私は丁寧に身体を洗ってあげた。彼もお返しに丁寧に洗ってくれた。丁寧に洗ってもらうのには慣れていないのでくすぐったい。


それから身体を拭き合って、浴衣を着て部屋に戻った。布団に座ってどちらからともなくキスをして愛し合う。


布団の中で彼は後ろから抱いてくれている。私がそうしてほしいといったからだ。背中が温かい。子供のころ父がこういう風に抱いて寝てくれた。守られているという安心感で満たされる。


「少しも変わっていないね、きれいな身体だ」


「もうそんなに若くはないわ」


「そんなことはない、今でも十分に若い。でも僕は歳をとった」


「男盛りの素敵な年齢です」


「君にはいつも男としての自信をつけてもらっていたよ」


「それならよかったです」


「身体が温かいね」


「こんな風に抱かれて眠りたかった。背中があったかくて気持ちよくて眠りそうです」


私は心地よい疲労を感じながら、そのまま眠ってしまった。


明け方、彼が目をさまさないように、私は静かに布団から出てお風呂に入った。彼は私がお風呂から出てきた気配で目を覚ました。


「おはよう」


「おはようございます。お風呂入ってきました。気持ちがいいです」


「昨日はよく眠れた?」


「ぐっすり眠れました。こんなぐっすり眠れたのは久しぶりです。ありがとうございました。後ろから抱いてもらって背中がポカポカ温かくて気持ちよかった」


「僕も湯たんぽを抱いているみたいで温かかった。やっぱり一人で眠るよりも二人がいいね」


「そう思います」


彼もお風呂に入りにいった。それから二人で朝食に部屋を出た。朝食は食堂でビッフェスタイルだった。好きなものを選んで食べればいいが、彼は和食、私は洋食にした。


10時前にチェックアウトして湖畔を小一時間ばかり手を繋いで散策した。そしてそこから11時の新宿行の高速バスに乗って帰った。バスの中では二人もたれ合ってまた眠った。新宿には午後1時30分に到着して、そこでそのまま別れることにした。


別れ際、私は今回の費用の半分を払うと言って聞き入れてもらった。彼は私の気持ちを察して費用の約半分と思われる額を受け取ってくれた。お金を受け取ってもらえて嬉しかった。そして私は「普通につき合ってくれてありがとう」と言って帰った。


山路さんとも関係ができたが、自然の成り行きだった。磯村さんとの関係も大切にしたい。これが今の私の細やかな秘密と我が儘になっている。

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