第一章 加藤心愛 23

 未だリビングで重たい空気を纏っている清美とのどかに気づかれないようこっそりこっそり階段を上がり、二階にあるココアの部屋に侵入する。ピンクのカーテンとマカロンクッション、ゲームとオカルトが融合したココアの部屋。なんでテディベアの横に「世界の猟奇殺人犯」なんて恐ろしい本置いてるんだよ引くわ。

 ライトはライトで、主のいない女の子の部屋に緊張しているようだったが、生憎、今回はそういう色っぽい目的ではない。吊るされた制服を見てドキドキしているライトを置き去りにして、俺はココアのデスクに座り勝手にパソコンを立ち上げる。

「おい!」

 なんてライトが止めるけど気にしない。パスワード。わからないから適当に打ち込むが、やっぱり違う。ヒント:ミルクココア。そのまんまじゃないか馬鹿だなぁ。

 表示されたヒントをそのまま打ち込み、デスクトップ画面に飛ぶ。壁紙はイルカ。「瀬の島水族館」で撮ったイルカショーのイルカだ。

 次に俺は画面下「e」のマークを押してインターネットを起動させる。HAO123の青い鳥アイコンからココアのTwitterアカウントに飛ぶ。ハンドルネーム『ミルクココア』アイコンは、『DEVIL EATER』で心愛がよく使っているアバター。フォロー数フォロワー数とも百人ほど。俺は『ミルクココア』のツイートを辿るが、「この敵を倒すときはこの武器を使うのが最高」とか「超強い爆弾の作り方」とか そんなのばかりで、現実世界に関係するようなことは殆ど呟かれていない。

「おいライト。こいつ、モンスター倒すための武器についてばかり語ってるぞ」

 延々とスクロールしていく俺に、ライトが言う。

「だから、加藤はアカウントが二つあるんだって。それゲーム垢。あと、鍵垢あるよ」

「鍵垢?」

「うん。鍵ついてるから外部からは見れないんだよ。俺は許可されなかったから……」

 なんてがっくりと肩を落とすライト。かわいそうな奴。でも俺は慰めない。なぜなら面倒くさいからだ。

「それで、そこに行くにはどうしたらいいんだよ」

「一度ログアウトして、そこからまた入力しないと」

 言われた通り、俺は一度ログアウトしてパスワード入力画面にフリックを合わせる。すると現れた三つのメールアドレスに俺はおやと首を傾げる。おいライト、こいつアカウント三つ持ってるみたいだぞ。駄目じゃないかココア。パスワードとメールアドレスを記録させておくと、第三者に利用されてしまう可能性があるんだぜ?

 その、三つ現れたメールアドレスのうちの一つを選び、勝手に表示されたパスワードをそのままにログインする。『ミルクココア@死にたい』鍵マーク。アイコンはハートに十字架。厨二病真っ盛りって感じで痛々しい。フォロー数フォロワー数十人程度で、仲間内で死にたい死にたいやっているようだ。過去のツイートをスクロールするのだけれど、ココアの更新は六月一日で止まっている。六月一日。『自殺旅行』の前の日だ。どんどんどんどんツイートを遡って、『ココア@死にたい』がある特定の人物と頻繁にリプライを送りあっているということに気が付く。


『ココア@死にたい あー、今日も朝がきた。最低。早く地球が終わればいいのに』


『ケチャップマン

ココア@死にたいさん おはようございます。今日もあなたに鮮血が降り注ぎますように』


 気持ち悪ぃやり取りしてんなこいつら。正気かよ。つか、ケチャップマンてどこかで聞いたな。あれ、もしかして、『自殺志願者掲示板』で、『自殺大百科』をココアに進めたやつじゃないか?

 うげぇ、なんて顔をする俺の後ろから覗き込んでいたライトが、また気が付いて画面の右上を指し示す。

「なぁテル」

「なんだよ」

「右上。手紙のマークあるじゃん。あれ、DM来てる」

「DM?」

「ダイレクトメッセージ」

 ライトに言われた通り封筒のマークを開けると、『ケチャップマン』からメッセージが来ている。



『なんで俺の話を聞いてくれないんだ?』

『電話もLINEも沢山しているのに、君はひとつも返してくれない』

『俺はこんなに愛しているのに!』

『家も学校も君と俺のことを認めてくれない』

『好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ』

『妻も子供もいらない! 君さえいればいい!』

『もう我慢しなくていいんだよ! もう俺達の邪魔をするものなんてなにもないんだ!』

『君を迎えに行くからね!』



 迎えに行くからね。


 迎えに行くからね!


 俺はぞっとする。思わず自分で自分の体を抱え込む。目だけで後ろを見ると、ライトも同じような顔をしている。そうか、わかったそういうことか。ケチャップマンは山田だ。ココアに振られて職を失い家庭での居場所も失った山田は『ケチャップマン』として『自殺志願者掲示板』に出入りしていた。そこで、同じように死にたい死にたいを繰り返していたココアと再会した。『ミルクココア』がすぐに「加藤心愛」であると気が付いた『ケチャップマン』こと山田は、『ケチャップマン』として順調にココアに近づいて行ったんだ。

 ココアが『ケチャップマン』の正体に気が付いていたのかはわからない。でも、来たんだ。『ケチャップマン』はココアを迎えに来たんだ!


 ぶるぶると震える俺。ライトもまた自分で自分の体を抱えながら、「おい、これマジでやばいって。のどかちゃんに言ったほうがいいって」と提案する。そうかもしれない、でも少し待てと俺はライトに制止をかける。今にも走り出しそうなライトを尻目に、俺は『ケチャップマン』のアカウントに飛んでみる。ココアの鍵アカウントはもう十日以上更新がされていないから、これ以上の収穫は見込めないと踏んだからだ。『@ketchupman×××』 黒背景に髑髏のアイコン、薔薇と血しぶきのヘッダーが目に痛い。職業『聖職者』教師だろうが。現在地『世界の果て』ふざけんな。

 最新の投稿は三十分前で、恐らく室内から撮ったらしい雨の降る空の写真。

『美しい雨。まるで俺達を祝福してくれているかのようだ』

 美しくねぇよという素直な感想を抱くのだけれど、俺は気が付く。この背景、見たことがある。つい最近、どこかで見たことがあるぞ。一体どこで見たのだろうとほんの数秒考えて、俺はスマホのLINE画面を開く。ココアとのトーク画面。数時間前に送られてきた写真。

 これだ!

 大きくしなって揺れる木々と雨に降られる『太平ハウス住宅展示場』の大きな看板。間違いない、二人は間違いなく共にいる!

 でもこれだけじゃ一体どこから投稿しているのかどこにいるのかわからない。うんうん俺が唸っていると、またしても俺の親友ライトがヒントをくれる。

「テル、これ位置情報オンにしてある」

「いちじょうほう?」

「うん。位置情報オンにしてあるから、どこからツイートしたのかわかるよ」

 身を乗り出したライトが、俺の肩越しにマウスを操作して、カーソルをブルタブみたいなマークに合わせる。

【埼玉県 勅使河原市 国道109】

 ぽかんとする俺とにやりと笑うライト。

「な?」

 な、じゃねーよ! お前本当に最高だな!

 俺はタイムライン上のブルタブにカーソルを合わせまくって、位置を特定することに情熱を注ぐ。六時間前、勅使河原駅。四時間前、小宮駅。三時間前、東村山市宮戸。

 ん? 東村山?

「あ、山田って東村山に住んでるって聞いたことあるよ」

 へぇ。

 ピコン。

 リアルタイムでの投稿に、俺とライトの心拍数が急上昇する。暗い暗い、雨の降りしきる空の写真。

『我々は神々の祝福を全身で受ける!』

 室内で撮られたらしい写真を見ながら、俺はまたブルタブをクリックする。俺は目を開く。


【埼玉県 勅使河原市 勅使河原中学校】


 俺とライトがバタバタと階段を駆け下りるとのどかと清美はまだ重たい空気を背負ったまま向かい合っていて、派手に音を立てる俺達のことを迷惑そうに見る。

「ちょっとあなた達……」

 のどかはいかにも教師然とした様子で俺達を注意しようとするのだが、俺達は靴を履くことに一生懸命でそれどころではない。

 俺は言う。

「先生! 鍋島先生車出して!」

「は?」

「ココアがいるところがわかったんだ! 早くしないとココアが危ない!」

「……? どういうこと?」

 のどかがいかにも疑いの目を見せるのだが、俺達には時間がない。一刻も早くいかねばならないと、俺の全神経が叫んでいる。

 玄関の戸を引くと、とんでもない強さの風が俺の体を押し倒そうとする。けれど、そんなことに負けてなんていられない。俺は気合と根性で前に進みながら、風の音に負けないような声量で叫んだ。

「ココアは山田と一緒に学校にいるんだよ!」


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