26・屍博士
屍博士は死体学の第一人者。
死体学とは?
それは、死体に学ぶ学問。
死体から様々な知識と物語を得、それから発展し、己の中で色々なものを組み立てる学問。
異端の学問だ、と、ぼくは思う。
屍博士は、既にかなりの高齢だ。
だが、動きは素早く、老いなど感じさせない。
纏っている白衣も、白く、綺麗なものだ。
屍博士は語る。
腐肉を纏わりつかせた女の生首を手に取って。
さぁ、語れ!
汝が言葉で汝の物語を!!
唇さえも腐って流れ、それでも残った白い歯をカチカチ鳴らし、女の生首は語る。
あたしは捨てられたの。
愛しい愛しいって言っておきながら、結局は、あたしが邪魔だったのね。
あたしの首を締めながら、あいつ、あたしを憎んでいたわ。
愛しているって一言言ってくれれば、あたし、何も恨まなかったのに。
女の生首は語る。
尽くしてきた男に、邪魔になると捨てられ、挙句、殺された女の人生を。
片付け易いように、首を、足を、手を、それから、胴をウェスト部分で両断。
あたしはバラバラになったわ。
あれだけ愛してくれた身体なのに、あいつ、物でも見るような目つきで見たの。
あたしは、最期にもう一度抱き締めて欲しかったのに。
女の生首は、僅かに俯き、小さく泣き出した。
屍博士は大きく頷き、女の腐って不安定になった髪を撫でた。
女の生首が泣き止むまでそうしてから、屍博士は次の死体に移る。
ホルマリン漬けにされた、赤子の手首だった。
さぁ、語れ!
汝が言葉で汝の物語を!
ママぁ…
と、頼りない声が鳴いた。
ふぅむ、と屍博士が頷く。
まだ、言葉を持たない赤子のようだな。
言葉を持たない赤子の代わりに、屍博士が語る。
望まれず生まれ、捨てられた赤子。冷たい夜に、街の隅っこに。
誰も気付かず死んでいき、野犬がその手首を引っ張り出した時には、既に小さく…小さく凍っていた。
ママぁ…
と、赤子が鳴く。
己を捨てた母親を求め、赤子は、頼りなく鳴きつづけた。
屍博士は、孫でも抱くような手つきでホルマリン漬けを抱き締め、さも愛しそうに撫でる。
赤子の鳴き声が止むまで、彼は、そうしていた。
さて。
と、屍博士はぼくを見た。
ぼくを見て、彼は、言った。
さぁ、語れ!
汝が言葉で汝の物語を!
ぼく?
ぼくは、博士の研究室の隅っこに飾られた、全身体の人体標本。
カタカタと骨が鳴る。ぼくの骨が鳴る。
屍博士が笑った。
急がずとも良い。
時間は有る。
ゆっくりと汝の物語を聞こう。
ぼくは頷き、骨が静まるのを待ってから、ゆっくりと語りだした。
ぼくの言葉で、ぼくの物語を。
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