23・裏切るぐらいなら愛さなきゃよかった
「裏切るぐらいなら愛さなきゃ良かった」
それが彼の口癖だった。
何だろう?
裏切られたとか……そういう事は思っていない。
でも、だ。
彼が私以外の誰かに愛を囁いたのは事実で、その結果が彼のもとを訪れたのも事実。
私は彼を祝福するし、別に、彼やその家族を不幸にしたいだなんて思わない。
ただ、ね。
彼に抱かれているのは気持ちいいので、気紛れでいいから、時たま、昔みたいにぎゅっとして欲しい、と願ってしまう。
彼にそう強請ると、彼は、本当に泣きそうな顔で、それでも、私を抱いてくれる。
「裏切るぐらいなら愛さなきゃ良かった」
それは。
裏切ったのは、私?
それとも、貴方の心を裏切ったの?
愛さなきゃ良かったのは、私?
それとも、家で貴方を待っている彼女を愛さなきゃ良かったの?
裏切らなければ良かったの?
愛さなきゃ良かったの?
嘘を重ねた事を後悔するほど、失うのを恐れるあまり、誰かを裏切るほど愛した人を。
…そんな私を、彼女を、得ない彼の人生が、良かったと言うの?
愛なんてね、本当に身勝手だから。
たったひとつの唯一の愛なんて、何処にも無いんだよ?
「愛してる」の言葉なんて、コイン一枚よりも安いんだから。
でも、コイン一枚よりも安い言葉に、私たちは雁字搦めに縛られ続けるんだね。
彼女は彼と一緒にずっと生きていく権利を得た。
そして、私は、哀れなぐらい泣く彼を抱き締め、きりきり痛む胸を抱える権利を得た。
彼がもっとも苦しむ秘密を、共有する権利を得たのだ。
不幸だなんて言わない。
幸せだとも、言わないけどね。
「裏切るぐらいなら愛さなきゃ良かった」
まだそう言い続ける彼を、私は、きりきり痛む胸の鋭痛と一緒に、ぎゅっと抱き締めてあげた。
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