14・棺桶職人。その弐。
黒部 希人は棺桶職人の跡取息子。
その腕前は父親には遠く及ばず、寸法計りや店番を押し付けられてばかり。
彼は、それが不満である。
自分には才能が有る。
型に嵌ったような父親よりも、ずっと才能が有ると、彼は信じている。
今日も不機嫌そうな表情で、棺桶細工の一覧が載った書物でも眺めながら店番をする。
ちりん…と、店の入り口に付けられた鈴が鳴った。
御免ください……
と。
消え入りそうな綺麗な声が、入り口から聞こえた。
入り口には、学生服の少女が、絶望も希望も恐怖も歓喜もごっちゃにして諦めで包み上げたような……そんな表情で立っていた。
あの、と少女は言った。
此処は棺桶屋さんでしょう? わたしの棺桶を作って欲しいの。
まだ死んでないのに、棺桶が欲しいのですか?
希人の問いに、少女は透明な瞳を細める。
もうすぐ死ぬの。だから、欲しいの。
少女は、自分が病に侵されている事を伝えてきた。
まもなく死ぬと、断言したのだ。
希人は少女の顔をじっと見た。
美しい少女だ。
日本人形をそのまま成長させたような、そんな無生物に近い顔立ち。
透明な瞳は、黒い硝子のようだ。
棺桶屋さん、と少女は言った。
棺桶を作ってもらうには幾らぐらい用意すればいいの?
希人は一般的な値段を答えた。
あら、と少女は困ったように口許を抑えた。
お金、足りないわ。
なら、と希人は身を乗り出す。
なら、俺が作ってやるよ。
俺なら、もっと安く作ってやる。
少女は希人の顔を見た。
そして。
やがて、微笑んだ。
お願いするわ、棺桶屋さん。
希人は希望に胸を膨らませ、少女の寸法と、連絡先の電話番号と住所を教えてもらった。
彼女は必要な事柄を伝えると、出来るだけ早くお願いね、と言い残し、店を去った。
その日から、希人は作業場に閉じこもった。
父親が使う作業場は使えないので、庭の片隅に儲けられた古い不便な作業場を使った。
少女の顔を思い出して、木材に線を引く。
黒い真っ直ぐな線は、彼女の髪を思い起こさせた。
少女の声を思い出して、木材を切る。
木材が切られる音は、彼女の悲鳴には遠いのだろうか。
少女の身体を思い、棺桶を組み立てる。
彼女の身体に相応しい、最後の寝床になるように。
丁寧に細工を作った。
少女に喜んでもらえるように、最後の寝床に相応しいように、優しく、そして何処かぞっとするような美しさを秘めた細工を。
やがて。
棺桶は完成した。
希人が初めて完成させた、誰かの為の棺桶だった。
彼はその棺桶を写真に撮り、少女の元へと送った。
貴女の為の棺桶が出来ました。
どうか早く確かめに来て下さい。
高鳴る胸を必死に抑え、震える指で綴った文字の手紙を、彼はポストに託したのだ。
少女からの返事は来なかった。
一週間後。
少女から、待ち侘びた手紙が届いた。
白い封筒は葬式の案内状にも似ていて、死を思う少女には相応しいと希人は思う。
中には便箋が一枚きりだった。
棺桶職人さま。
わたしの為に素晴らしい棺桶を作って下さって有り難うございます。
写真を見て、その素晴らしさにため息が漏れました。
ですが。
わたしには、不釣合いかと思うのです。
あの素晴らしい棺桶で眠るには、わたしはあまりにもくだらない、ちんけな生き物かと思うのです。
棺桶職人さま。
この手紙を投函し終えたら、わたしはわたしに相応しい場所で死のうと思っております。
貴方が作ったあの素晴らしい棺桶は、もっと相応しい人に差し上げて下さい。
それでは、さようなら。
希人は手紙を何度も読み、そして、部屋の中を歩き回る。
訳が分からなかった。
あんな素晴らしい棺桶だったのに。少女の為に作ったのに。
どうして、それを捨て去り、他の場所で眠ろうと言うのか。
希人は必死に悩む。
が。
結局、答えは出なかった。
希人は父親に怒鳴られるのを覚悟で、すべてをありがままに話した。
父親なら、何か知っているのでは、と思ったのだ。
父親は希人の話をじっと聞いて、それから、怒鳴ろうともせず、ただ、ぽつり、と言った。
人にはな。
相応しい死に様ってのがあるんだ。
無様な死が似合う奴も居る。
殺されるのが似合う奴も居る。
誰にも見取られず、独り朽ちていくのが似合う奴も居る。
棺桶職人って言うのはな。
そういうのをちゃんと見て、理解して、相応しい寝床を作ってやるのが商売だ。
希人、と、父親が呼ぶ。
おめぇには、まだちっと早いかな?
希人は。
……ただ、黙って頷いた。
そして、俯いたまま顔を上げられなかったのだ。
せめて泣き顔だけは父親に見せまいと、必死の努力だった。
黒部 希人は棺桶職人の跡取息子。
その腕前は父親には遠く及ばず、寸法計りや店番を押し付けられてばかり。
最近は、ちょっとした細工も任されるようになった。
父親から怒鳴られる回数も増したが、それでも、少しだけ、彼がすべき事は増えた。
これから死に行く誰かの為にしてやる事が、少し、増えたのだ。
だが、店番は相変わらず彼の仕事。
受付に座って、彼は小さな木版に細工を彫り込む。
棺桶細工の練習だ。
時々、手を止めて、彼は入り口の方を見やる。
入り口に付けられた鈴は鳴らない。
当たり前だ。誰も、店の中に入ってきてないのだから。
だけど、と希人は願う。
もしもまた鈴が鳴って、あの少女がこの店を訪れたのなら。
そうしたら、今度こそ、彼女に相応しい棺桶を作ろうと思った。
今なら、あの時よりずっと彼女らしい棺桶が作れると……そう思うのだ。
ちりん、
と。
鈴が鳴った。
希人は、細工を彫る手を休め、顔を上げた。
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