この世の夢は人の闇

頭野 融

藍坂中学三年生

第1話

「みんな、おはよう。3-4の担任になりました、大倉です。中学三年生という大事な時期を一緒に頑張っていこう。じゃあ、出席をとる。」

 新学期早々、体育会系の耳障りな声でホームルームが始まった。後から知ったがこの先生は、持ち前のアツさから生徒にも先生にも距離を置かれているらしい。クラスメイトにもざっと見渡す限り自分の興味をそそるような人もいない。というか、だれがどんな人であるかさえ分からない。なにせ、中学三年生という時期に転校してきたのだから。慣れない地でのパッとしない、学校生活を予感して、息にもならないため息をついた。

むらさきさん。紫 侑依ゆいさん。」

 なんか急に教室が静かになったと思っていると、隣の男子が私を見ていた。ああ、出席で私が呼ばれたのか。

「はい。」冷静を装って返事をすると、さっきの男子がまだこちらを見ていた。感謝の意でも表してほしいのかと思い、会釈すると、彼はうつむいた。そういえば、この藍坂あいざか中学校に転校してきて、彼が初めて目があった人だなと思った。そして、初めてコミュニケーションを、自分からとった人だとも思った。この藍坂中学校は、一学年200人ぐらいの学校だ。たしか、40人×5クラスぐらいだったであろう。この一見ぱっとしない男子の名前はなんていうのだろう。さすがにもう一度横を向き名札を見るのも憚れる。

「あっ、言い忘れたが、まあ、みんな、もう気付いているだろうが、三年生から、紫さんが新しくこの学校に来た。なんか、してあげられることがあったら、してあげろ。席は、ええと、なみ、、、。」

「先生、波多野はたのくんです。波多野 れんくんです。」騒がしい声がはやし立てた。その声に対して、知能指数が低そうだ、と自分でも驚くぐらい冷淡な感想を抱いた。そんな声にかぶさるように、威勢を失いかけたアツい声がした。

「ああ、そうだな。さっき名前読んだはずなのにな。うん。波多野くんの横に座ってもらってるから。」

 でも、知能指数の低そうな声にも、無駄にアツい声にも感謝しなければならない。隣の男子の名前が分かった。なよっとして、どこか意識が飛んでいるような見た目とはかけ離れた(自分でも失礼だとはわかっているが)、カッコいい名前だ。

 退屈で憂鬱そうな、学校生活の暇つぶしの材料が、見つかった気持ちがした。それにしても、クラスメイトで暇つぶしとはひどい。今まで気づかなかったが、自分は思っているより、冷淡で人間味にかけるのかもしれない。ひとまず、彼の生活ぶりを見るために登校するとしよう。彼がどんな人なのかが純粋に気になった。別に恋心を抱いているわけではないが。

 ふと、我に返ると、たいして面白くもなさそうな、学活のレクリエーションの説明を先生が始めていた。みんながお互いのことを知ることで、絆を深め合うらしい。もう、中三にもなってそんな努力は無駄にも感じられる。だが先生は少しは、いつものリズムを取り戻したらしく、声が耳障りだ。仕方なく話を聞こうと、顔を上げると、彼も顔を上げていた。横目で彼を見ると、彼が瞬きをして、こちらに視線を向けた。そんな気がした。

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