第14話12章・現在、シルスティン編 前編


【12】



 広場。

 噴水のあるその広場までイシュターに連れて行かれた。

 小柄なイルノリアなら十分に降り立てるその場所。

 噴水の縁に腰掛けていたアギが、軽く手を上げた。

 その手にはパン。


「……」

「ンだよ、朝飯食って悪いか」


 思わずアギを見つめてしまったシズハに、ひとつ、差し出されるパン。


「喰う?」

「……」


 断りかけて朝食もまだなのに気付く。

 しかし立って食べるのも、と受け取るのに迷っているシズハに、アギは自分の横を叩いた。

 噴水の縁。


「座って喰えば?」

「……有り難う」

「ふん」


 嬉しそうにアギが目を細める。


 そのアギの近くには相変わらず、ハーブが控えている。

 今日は火竜の姿は見えない。


「ラナなら外で待機して貰ってる。あれだけのデカさの火竜がゴルティア国内に入ったら大騒ぎだろ」

「何歳だ?」

「80……」


 アギの視線にハーブは軽く手を上げた。

 指が二本立っている。


「82歳だって」

「それにしては大きい」

「普通じゃねぇの? イルノリアみたいに小さいのを見慣れてるから大きく感じるだけで」

「イルノリアは確かに小さいが……ラナは大きいと思う」

「ふぅん」


 話している間もアギは口を動かし、パンを食べ終えてしまった。

 慌てて貰ったパンを食べようとするがそうも急げない。半分に割ってイルノリアに差し出す。

 砂糖の掛かった甘いパン。イルノリアは遠慮なく口を開いた。



「さぁて」


 シズハがパンを食べ終えるのを確認し、ヴィーが口を開いた。


「まずはどうするの?」

「イシュターの呪文で突っ込む。――イシュターが何度か侵入実験をして成功してるから大丈夫だろう」

「だと思うよ、はい」


 ヴィーは丸めた紙を差し出した。

 受け取ったアギがそれを見、そのままハーブに差し出した。



「訳分からねぇ、何だよ、コレ?」

「結界の基本となる陣の描き方なんだけど……そういうの、苦手ぇ? アギ?」

「苦手も苦手だっての」


 ハーブもよく分からないらしい。

 アギに再度返されたそれは、噴水の縁に広げられた。

 軽い動きで縁に上ったイシュターがそれを見る。

 長い尾がふわふわと揺れた。

 随分と真剣に見ている。


「まぁイシュターで突っ込む。それでまずはドゥームを探す――って、イシュター?」


 イシュターが鳴いた。


「……爺さん探すのを急げ、って? 何だ、それ?」

「その結界ね、ドゥームが作ったものなんだよ。目的は黒竜を外に出さない為。――だぁからー、きっとシルスティン側も必死にドゥーム探していると思う。結界を解く為に」

「……殺される前に探せ、ってか」


 黙って話を聞いているようなイルノリアの顔が横にある。

 シズハは銀色の顔を軽く撫でた。


「何か探す手立てはあるのか?」

「あの爺さん、隠れるの得意だしなぁ。いつも通りの合図っての拙いだろ」

「……まさか行き当たりばったりか?」

「イシュターに任せる」


 アギの笑いに猫は半眼。

 ふみゃああん、と長く、不満げに鳴いた。


「そう言うなって、頼りにしてるんだぜ、イシュター」


 アギは笑ったままシズハを見た。


「イルノリアを連れて行くのか?」

「連れて行く」

「……まぁそれぐらいのちっこい飛竜なら目立たないか」

「そっちの火竜よりは目立たない」

「ハーブとラナは置いて行く」


 思わず竜騎士を見た。

 竜騎士はあからさまに納得出来ない顔をしていた。


「俺たち全員が突っ込んで何かあったら大変だ。戦力は分散させとく。目立ちたくねぇしな。――まぁ、シルスティンの竜騎士がヒューマだかに従っていて、そいつらと戦いになったら拙いけどよ」

「竜騎士は誇りを失わない」

「竜騎士言っても国の騎士だろ? 女王辺りを人質に取られたら、従うんじゃねぇの?」

「……」


 その通りだった。



 アギがズボンの埃を払いつつ立ち上がる。


「じゃあ、動くか」



 シズハはそのアギに紐に結ばれたイルノリアの鱗を差し出した。

 銀の鱗に、アギは不思議そうな顔をしている。

 シズハを見た。


「なんだ、こりゃあ?」

「イルノリアの鱗だ」

「……あぁ。ぶっ壊せば飛竜の種類によって色んな事が出来るってヤツか。――銀竜なら癒しか?」

「そうだ」

「……ふぅん」


 何だか複雑な顔で笑って、受け取る。

 手首に軽く巻いた。ブレスレットのようになったそれを見て、柔らかい銀の光に、軽く笑う。


「貰っておく」



「――アギ様」


 ハーブがアギを呼ぶ。


「や、やはり、私も――」

「待機ったら待機」

「しかし」

「何かあったら呼ぶ。ちゃんとマジックアイテムも持った」

「……ご無理をなさらないで下さい」

「分かってる分かってる」


 二人のやり取りを見ていたヴィーが、笑って言った。


「旅に出る息子を心配するおかーさんみたいだねぇ」


 思わずシズハは噴出した。


 アギが顔を顰める。


「言うなって。……まぁ、俺もちょっと考えたけど」


 顰めた顔を変えて――笑う。

 軽く、拳でハーブの胸を叩いた。


「心配するなって。――大丈夫。俺はお姫様を得るまで死なねぇよ」


 ふと笑うアギの顔を見て思う。


 アギは目的を得ている。

 生きる目的と言っても良い。

 彼の傍らにあるべきの姫――女神を得る。

 それが、彼の目的。

 強い、目的だ。


 対して、自分は?


 シズハと言う存在の目的は?


 彼ほど強い目的があるのだろうか。



 突然沸いた疑問。

 他人と自分を比べるなど愚かだと、己に言う。

 が、一度言葉になった疑問は消しようが無かった。



「――シズハぁ?」

「あ――は、はいっ」

 

 ヴィーに呼び掛けられ、彼らが動き出しているのに気付く。

 イルノリアだけはシズハの傍ら。不安そうに軽く首を傾げてこちらを見ていた。

 その彼女に笑いかけ、長い首を撫でる。


 そしてシズハも動く。

 

 今考えるのはひとつ。

 シルスティンにいる大切な人々を救う。

 それだけだ。


 それだけなのだと、己に何度も言い聞かせながら。

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