第7話7章・ウィンダムにて。過去。


【7】





 グラスを持ったまま堅く身構える。

 猛毒による死。

 考えた事も無かった。


 どれほどの苦痛なのだろうか。


 瞳を閉じて訪れるかもしれない苦痛に備える。



 そのシヴァに贈られたのは、軽い拍手。


 拍手の主はカウンターのサリア。


「即効性の毒だから、飲んだならもう死んでるよ」

「……あ」


 正面のマルクスを見た。

 男は苦笑。


「おめでとう」

「あ」


 力が抜けた。

 そのまま椅子に深く座り込む。


「こ――怖かったです……」

「それが第一声か」


 マルクスが苦笑。


「ほら、情報が欲しいんだろ。いいのか、そんな適当な姿勢で聞いて」

「あ、はい!!」

「メモは取るな。一度しか言わん」

「……はい」


「街の南側、シーン商店が以前所有していた船着場に潜んでいると言う話だ」

「船着場?」

「湖から直接船を地下に運び入れる仕組みの建物だ。そこの2階がヤツの寝床だと聞く。風竜ならば……恐らく、窓の無い部屋だ」


 窓があるなら風竜は逃げるだろう。


「……その強盗は、竜騎士じゃないんですね?」

「風竜を餌か何かでおびき寄せて毒で捕らえたらしい。その後は調教して言う事を聞かせている……と」

「調教?」

「言う事を聞かなければ痛めつける。単純な方法だ」

「……酷い……」


 シヴァは無意識に手を握り締める。


 たすけて。


 脳内に響いた声に頷く。

 大丈夫、もうすぐ助けてあげますから。



「ヤツは――ギルと名乗っている。外から来た盗賊だ。あまりにも行動が乱暴過ぎ……目立ち過ぎる。盗み専門の奴等の間でも問題視されている。近いうちに報復行動があるだろうな」

「……風竜は、どうなります?」

「まぁ、良い方で処分だろうな」

「良い方で、処分って」

「最悪は、他の盗賊に利用される」

「……」


 確かに最悪だ。



 シヴァは立ち上がる。


「時間は無いんですね」

「恐らく」

「分かりました」



 深々と頭を下げる。



「有難うございました、マルクスさん」

「あぁ」


 頷いて、マルクスは思い出したように付け加える。


「俺たちの事は誰にも話すな」

「勿論です」

「それから、二度とこの店に来るな」

「………」

「俺たちが裏の人間だって分かっている表の人間とつるむほど、物好きじゃあないんでね」

「……分かりました」



 シヴァは少しだけ笑う。



「今まで有難うございました」

「シヴァくん、元気でね」

「はい、サリアさんも」

「うん、有難う」

「ほら、さっさと行け。時間がないんだろう」

「はい!」


「――ギルは単独で行動している。風竜を奪われるのが怖いらしいな。誰も見張りをつけていない筈だ」

「有難うございます」


 シヴァはドアを開く。


「さようなら、マルクスさん、サリアさん」


 別れの言葉は返さなかった。


 ただ、テーブル上の残されたグラスを眺める。


 ドアが閉まる。






 マルクスはひとつ息を吐いて、テーブル上のグラスに手を伸ばした。


「あれぇ、飲むの? 毒が入っているよ?」

「ぶ!!」


 サリアの発言にグラスを取り落とす。


「さ、サリア、お前、毒は入れるなって合図しただろ!!」

「分かっていたけど、シヴァくん本気だったから」


 サリアが瞳を細めて笑う。


「本気の子を騙すなんて私には出来ない」

「……つまり」


 グラスを見る。

 床に落ちた一個。

 残された一個。

 シヴァが飲み干した一個。


「あいつは本当に賭けに勝ったのか」

「そういう事」


「本当に勘の良い子。……それと、運の良い子。ああいう子がこっち側に来てくれると、私たちも助かるんだけどなぁ」

「やめておけ」


 マルクスが答える。


「暗殺稼業なんてシヴァには似合わん」

「……だよねぇ」


 マルクスはドアを見る。

 そのドアから賑やかな声と共に、あの青年が訪れる事はもう無いだろう。


 何となくため息のような息を吐いて、マルクスは床を掃除するために動き出した。



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