第7話5章・ウィンダムにて。過去。



【5】





「――シヴァ君!!」



 大学の研究所に顔を出した途端、シヴァは小柄な老人に抱き付かれた。

 思わずよろめくほどの勢い。


「き、教授、ただいま戻りました」

「大丈夫かね!? 自由騎士団に拷問されてはいないかね?! おお、おお、おお!!」


 ばしばしとあちらこちらを叩かれる。

 こっちの方が痛い。


「無事です、無事ですよ! ほら、五体満足!」

「良かった良かった! 君を失うのは大学……いや、国家の損失だよ!!」

「何だか騎士団本部の方まで来てくれたんですね。有難うございます」

「いやいやいや、もう君が捕まったと話を聞いて居ても立ってもいられなくてね。いやぁ、良かった、良かった!」


 皺だらけの顔を満面笑みにして、教授は身体を引いた。


 小人族なのかと間違えそうなほど小柄で、細い。

 これでも正真正銘の人間で、既に70歳を超える高齢だ。

 ……まぁ本人はあと30年は生きて、研究を続けるつもりらしいが。



「所でシヴァ君」

「はい?」

「このメモの件なのだがね――」

「……教授、これ、ゴミ箱に捨てた――」

「いやいや、気になる文章が見えてね。ゴミを漁ったのは謝るよ、うん、謝る! すまん!」

「いや、そこまで謝ってもらわなくとも……」

「で、本題なのだが」


「この死竜に対する考察は非常に面白い。彼らが何故人と契約を行わず、不死の民のみを選ぶのか――これは謎のひとつだな」

「えぇ」

「この考察に関してはまだまだ不十分な箇所がある。何、そこを埋めて、そうだな、後は死竜を一度実際に触れて調査出来れば完全なものになるだろう」

「死竜の調査って出来るんでしょうか?」

「デュラハの方にもう20年も調査依頼を出しているが、いまだに了承を貰えない」


 教授は哀しげに息を吐いた。


「冥王の戦の時に、死竜の調査に行ったんだが、ゴルティアの騎士団に追い返されてな。ああ、思い出しても残念だ」

「……本気で、あの死竜の戦場に紛れ込んだんですか……」


 噂には聞いていたが。


 冥王の直属の部下の一人。

 死竜乗りの不死の民。何人もの竜騎士をアンデットに変えた、恐ろしい敵だ。

 その敵が居る戦場へと侵入するとは。


「しかし」


 教授はまだメモを見ている。


「本当に死竜の調査を行いたいものだ」

「そうですねぇ」

「その時は一緒に行くぞ、シヴァ君! 私に万が一の事があっても、君さえ居れば大丈夫だ」

「そんな実力、僕には無いですよ」

「何を言う! 私が見てきた学生の中で、君はずば抜けているよ。あと50年も研究に費やせばいい。君はこの世界で名を残す人間になるよ!」


 そうなりたいとは思っていない。


 シヴァは曖昧に笑って、お茶用のポットに手を伸ばす。

 茶葉を取り出して紅茶を用意する。


「教授もお茶いかがですか?」

「あぁ、私はいいよ」

「はい」


 用意した紅茶を持って椅子に座る。


 教授が大喜びしているメモを思い出す。

 適当に書いたものだ。

 正直に言えば、死竜が不死の民を契約相手に選ぶ理由なんて、ひとつだと思っている。


 人間よりも、不死の民の方が近いのだろう。

 それだけだと思う。


「……教授」

「どうした?」

「飛竜が……言葉を話す事はありますか?」

「それは面白い質問だ!」


 教授が食いついてきた。


「ちょっと待ってくれよ、えぇと、こっちか、そっちか、いやあっちだ!!」

 

 資料を引っ張り出している。

 分厚い本を何冊か、シヴァの机の上に置く。


 シヴァの前で、物凄い勢いで頁がめくられて行く。


 あった! の叫びと共に、突き出される頁。


「500年前の戦で、狂王ボルトスの愛竜、黒竜は言葉を話したと言われる。同時に、一千年前、ゴルティアを建国した王の愛竜、その名もゴルティアも、人語を操ったと言われている」

「……最近は?」

「最近は……聞かんなぁ。最年長と言われるコーネリアも人語は話さん。もしかすると、人語を話すにはもっと何か、大切なものがあるのかもしれない」

「大切なもの……。例えば、何でしょうか」


 ふむ、と教授は考え込んだ。


「……人語を話す必要性、かもしれん」

「必要性?」

「例えばゴルティア。この金竜は、片割れ亡き後、一時とは言え国を治めたと言われる。人間を従える為に、言葉による統治が必要だった、と考えられる」

「なら――」


 シヴァは教授を見た。


「僕は、風竜の声を聞いたかもしれません」

「……それは、何と?」

「たすけて、って」

「………」


 教授は黙った。


「もしも――その子が、自分の片割れじゃない全ての人間に、助けを求めているとしたら、人語を、操るようになるのでは無いでしょうか」

「シヴァ君、私の今の話はあくまでも仮定だよ」

「でも、可能性としては考えられます。飛竜の知能は人間並みと言われていますし」

「いやいや、人間以上だよ!」

「なら、可能性はもっと高くなります」


 立ち上がる。


「教授、すいません、出かけてきます」

「お、おお、気を付けて行っておいで」

「はい!」


 走り出す。


「シヴァ君!!」


 入り口の所で呼び止められる。


「お願いだから危ない事はしないでおくれよ」

「……えーと、努力はします」


 笑顔。


「では!」

「し、シヴァ君……」


 教授の頼り無さそうな声はシヴァの耳には届かなかった。


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