1話「歪んだ世界」

あの後。メルは父グラフィスに「大丈夫」と伝えるが、それ以上は語らなかった。


何故なら、自分は確かにこの両親の元で生を受け育ったが、記憶が戻った今。幼さのあった先日と比べて物事についての整理力や対応力が断然に変わってしまっているからだ。


父と母はその言葉を聞くと安心したのかクリスを連れて部屋を出た。


メイドのフィンも軽い食事を用意すると言って部屋を出た。


(話を聞く限り、俺はテーブルの上から落ち頭をぶつけてから3日も寝ていたようだな。)


部屋に一人になったメルは部屋を徘徊し、オモチャに触れる。


この部屋で兄クリスと、父、母と遊び、笑顔が絶えぬ幸せな家庭で育った自分の記憶が走馬灯の様に蘇る。


だがこれは自分の記憶であって、自分の意思とはまた別の場所にあるもう一人の自分の笑顔だった。


なんとも言えない感情に苛まれる。


部屋の扉を開けると、屋敷が高台にある為、街並みが一望出来る。


前世の様なビルとかはこの世界には無く、美しい赤屋根の建物が立ち並び、街のシンボルかの如く大きな鐘の付いた時計塔が聳え立っている。


窓の下を見れば、綺麗な花が咲き誇る中庭がある。

その中央には綺麗な噴水が水を吹き上げていた。


噴水の吹き上がる水は魔法石という石から継続的に溢れては吸収してを繰り返している。


魔法石はこの世界での生活で欠かせないものである。


火を起こしたり電気や水といった家庭に必要なものは全て魔法石から生み出されているからだ。


それともう一つ。この世界では人間自体も魔法を使うことが出来る。だが、使える様にするには魔の儀式を受けなければならない。


やり方は簡単だ。


本に描かれた魔方陣を地に描き、その中間に半日入るだけでいい。


だが入った途端に体全体に何らかの状態異常が起こり、悶え苦しむというリスクがある。それは魔法によって軽い物もあれば、強い物と症状は様々であるが、時には精神に訴えかけ、精神崩壊を起こす場合もある。


中断の仕方は、やり方と同じく魔方陣から出れば簡単に中断できる。だが、精神に訴えかける魔法は意識を失う為、精神で打ち勝たねば出る事も出来ず死に至る。その為、相当な覚悟と精神力が必要である。


「メル様。お食事をお持ちしました。」


部屋の扉が開かれ、フィンがテーブルの上にパンとスープを置いてくれた。


「ありがとう。」


「え?」


フィンがメルのその一言に驚くような表情を見せる。


「えっと。俺なんか変な事言ったかな?」


メルは何か不味い事でも言ったかな?とあたふたとすると、フィンはメルの手を取った。


「そんな事ありません!!とても素晴らしいです!いつもならヤッタァ~!とかそんな風に言って飛びついてくるので、何だか直ぐに反応出来ませんでした。」


「あ、うん。そうだっけ。なんだかごめん。」


メルが誤るとフィンは首を横に降る。


「誤る事ないです。ただフィン様が少し大人になったように思えて。嬉しい様で寂しかっただけです。さぁ早く食べてまた元気一杯のメル様を見せて下さいね。」


そう言ってフィンは笑顔を作ると、部屋を出た。


メルはスープに手を伸ばし一口啜る。


スープはポトフの様でとても美味しく流れる様にメルの空腹を満たしていった。


〇〇〇〇


翌朝。


メルの目覚め祝いに家族総出で街に出ていた。


「辺境伯様のご家族総出で街を出歩くなど大ごとですぞ。」


執事のジジが小言を言う。


「なぁに。心配ないさ。たまにはこういうのも良いだろう。」


メルの父は貴族でありながら偉ぶる事なく気さくな性格で、民とも仲が良く親しまれている。


「父上!僕はあの店に行ってみたいです。」


クリスが指差した先は剣の看板が立てられた武器屋だった。


「あらあら。本当にクリスは武器が好きね。」


メルの母はクリスの輝く目に微笑ましい笑顔を向けていた。


「うむ。よかろう!では始めに武器でも見てみよう。お前に会う剣があれば良いのだがな。メル!お前のも買ってやろう。祝いだ。」


父の勢いで皆で武器屋へと入った。


武器屋へ入ると、色々な形の武器がそこらかしこの壁に立て掛けられていた。


そして奥には武器を作る為の釜があり、パチパチと炭が音を鳴らしている。


「いらっしゃいませ。おや?これはこれは辺境伯様ではないですか。いつもありがとうございます。この度は何をご要望ですかな?」


武器屋には似つかわしくない様な優しそうな中年男が現れた。


「うむ。この度クリスとメルに剣を買ってやろうかと思うてな。我が息子達に会う様な武器は置いていないか?」


「ありますとも。おい!アレを持ってこい!」


店主がいきなり強い口調で指示を出したのは、ダークエルフという種族の子供だった。


特徴は尖った耳に褐色肌だ。

歳はメルよりも少し上に見える。


この世界で人間以外の種族は魔族と呼ばれ、下等な種族として差別されている。


捕まった魔族は、奴隷の首輪という主人に決して逆らえぬ契約が施された黒い首輪を嵌められていた。


「は、はい。っわ!」


ダークエルフの子供は店主の指示で直ぐに動いたが大きく転び、綺麗に並ぶ剣をガシャガシャーン!!とひっくり返した。


「何をやってやがる!!このゴミが!」


さっきまで優しそうだった顔の店主の顔は別人のごとく、鬼の虚像を浮かべダークエルフを蹴りつけた。


ドガッ!!


「ぐう!」


「このクズが!!役立たずが!辺境伯様の前でなんて無礼な奴だ!!」


そう言って店主は何度も何度もダークエルフを蹴りつけた。


ダークエルフの顔は原形が分からないまでになっていた。


メルの親族はというと、その光景を無視するかの様に涼しい顔をしていた。


メルは現状に悲痛な表情を見せていた。


ダークエルフとはいえ、前世の記憶が戻った今のメルにとっては、普通の人間に見えていている。それ故に大人が子供を虐待している様にしか見えなかったからだ。


そんな表情を浮かべていると、母が優しい笑顔で語りかけてくる。


「あらあら。メルにはまだ刺激がつよかったかしら?でも大丈夫よ。時期に慣れるわ。あれは只のゴミよ。」


その母の一言にメルの背筋がゾッとする。


確かにメルは優しく、そして民からも愛される両親の元で生まれた。


だがそれは人にだけであって、他の種族に対してではない。


ーー何かが歪んでいるーー。


それにメルは気づいた。


「すみません。ウチの奴隷が失礼を。」


店主は情け無い表情で父にペコペコと頭を下げると、父上は和かに返す。


「かまわんさ。」


「やはり辺境伯様は寛大ですな。おい!さっさととってこんか!!」


店主はボロボロになったダークエルフにまた命令し、ダークエルフはフラフラの状態でまた立ち上がり、フラつく足取りで店奥へと入った。


そして直ぐに奥から子供サイズの小さな剣を持ってきた。


「さっさと寄越せ!」


店主はダークエルフの持つ剣を荒く奪いとり、ダークエルフは吹き飛ばされた。


兄クリスの表情は醜く不敵な笑みでダークエルフを見下した。


「ささ。クリス様にはこの剣が良いでしょう。」


店主は満点の笑顔で、綺麗な細工を施す剣をクリスに渡す。


クリスは渡してもらうなり直ぐに鞘から剣を抜き取ると、新しいオモチャを貰ったかの様に目を輝かせた。


「凄い!!かっこいい。」


「そうでしょ、そうでしょ。この剣は我が店の自慢の剣ですからな。」


「うむ。息子も気に入ったようだ。それを貰おう。」


「やったぁ!!あっ。そうだ父上。どうせなら試し斬りをして見たい。」


「む。試し斬りか。良いだろう。屋敷に帰ってから用意しよう。」


「ううん。いいよ。ここに丁度いいゴミがいるじゃない。」


そう言ってニタニタとした表情でクリスが指差した先はダークエルフだった。


「おぉ。確かに。でも待て。あのゴミはここの店主の者だ勝手する訳には‥」


父はチラっと店主を見ると店主はニコっと笑う。


「いえいえ。構いませんとも。家の庭が試し斬りの場所になっております。どうぞこちらへ。」


成されるがままにメル達は庭へと案内される。


だがメルは庭を見るなり嗚咽が走る。


異様な血の匂い。それに棚に並べられた数々の生々しい多種族の首。


庭とはとても言えぬ異形の光景だった。


「さぁ、あの真ん中にある台座で行いましょう。」


そこには中央が丸く切りとられた板が置かれていた。


辺りには夥しいまでの血痕が残されている。


「おい!ゴミ!はやくせんか!」


ダークエルフは怯え身体を震わせるが首輪の呪いで命令に逆らう事ができない。


フラフラと板の中央に首を通す。


メルの家族も店主もニタニタと歪んだ笑みを浮かべでいる。


(ダメだ。こんなの間違ってる。言うんだ。)


メルは心の中で葛藤する。


だが言ったら殺される。


その雰囲気は間違いない。とまで言える空気感だった。


そんな事が頭をよぎりメルは喉を詰まらす。


「さぁ。クリス様どうぞ。」


店主の掛け声で一気に剣を振り上げるクリス。


(‥やめろ!‥辞めろ!辞めさせるんだ。俺は言える!どうせ一度死んだんだ。もう一回死んだって一緒だろ!言え!言え!言えーーー。)


「やっ‥」


ドガァァァン!!!!!!!


メルが発言しようとした瞬間。街中の方から大きな爆発音が鳴り響く。


クリスはその音に驚き剣を落とす。

ダークエルフは一命を取り留めた。


だがダークエルフの瞳には溢れでる涙がポトポトと落ちていた。


「何の音だ?」


父は音の響いた方へと目を向けると、街中から悲鳴が聞こえだす。


「街で何かあったのか?」


父は街の様子を見るべく、庭から出ようとすると、店主の悲鳴が響く。


「ぐうあぁぁぁ!!!や、辞めてくれぇ!!!」


振り返ると、黒い鎧に身を包む男が店主に剣を向けていた。







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