第14話 ベランダに佇む狂犬王女
隣に控えていたウエイターが持つ銀の盆から、会場責任者の男は細かな泡を筋を立ち上らせる琥珀色に染まったシャンパングラスを手に取りカタリナに手渡しながら言った。
「いらっしゃいませ、『花の
「ありがとう、今夜はお世話になります」
カタリナは優雅な仕草でそのシャンパングラスを受け取ると責任者の男に軽く頭を下げた。ちなみにカタリナは未成年の為、この一見シャンパン風の物も実はノンアルコールの特性カクテルを用意してあった。
それを合図に、カタリナの周りに集まっていた客たちが一斉にカタリナに近づき口々に挨拶を述べ始めた。
すると、まるでクローディアの陰に長身の体をかがめる様にして隠れていた静が周りの者たちに気づかれぬ様そそくさとその場を離れようとした。
「静姉様。姉様も皆さんにご挨拶を……」
まるでそんな静の行動を予見してたかの様に突然、前を向いたままカタリナが声を上げた。その声に静が驚き、かがめる様にしていたその長身を慌ててぴんとさせた。
一瞬、間の悪そうな顔になったパーティー出席者たちも、すぐにカタリナに接していた時と同じ笑顔になってその静の方へ集まり始めた。
「ちっ……カタリナの奴、余分な事を……」
静は集まって来た者たちから顔を逸らせそう舌打ちしながら呟いた。
集まって来た者達が静かに挨拶を述べようとするのを静は両手で制しながら言った。
「王位継承権を持たぬ私にそんな社交辞令は良い。
こんな『
お前たちだって本音は私相手じゃ話も合わんだろうしな。
じゃあ、後は全部任せたぞ、カタリナ!
私は静かなところで一人美味い酒と料理を楽しんでる」
最後にカタリナを見てそう言った後、静はそそくさと小走りにその場を離れてパーティー会場の奥へと消えて行った。
「まったく、あの人はこんな場でも……」
そんな静を横目で見送りながらカタリナは明らかに迷惑そうな顔を浮かべてそう吐き捨てる様に呟いた。しかし、すぐにあの柔らかで人当たりの良さそう笑みを浮かべると、静に逃げられ唖然としている者達を見て言った。
「では皆さま、せっかく皆さんとゆっくりお話が出来る機会です。
今宵は、美味しい料理と飲み物を楽しみながら親交を深めてゆきましょう」
静の登場で一旦は微妙な空気になりかけたが、カタリナのその言葉で再びパーティーは楽しくまた華やかな雰囲気に戻って行った。
「ご苦労様でした、姫様」
参加者全員と一通り歓談し終え会場の隅のやや静かな場所でなんとか一息付いたカタリナに、クローディアが暖かいハーブティーのカップを差し出しながら言った。
「ありがとう、クローディア。
冷たい飲み物ばかりでちょうど暖かい飲み物が欲しかったの」
カタリナはそう言った後、会場をぐるりと見回しながら半分独り言の様に尋ねた。
「会場ではあれから一度も会わなかったけれど、
あの人はどこに居るのかしら?」
「静様ならあちらです……」
その言葉にクローディアがそう言いながらとある方向に手を伸ばした。
そこはパーティー会場とはガラス一枚隔てた先、まるで露天のベランダの様な場所だった。もちろんこの高層ホテルの最上階に露天のベランダなど安全上もあり、存在するはずもない。そこは一見、露天のベランダに見えるが、その実、会場の外にしつらえれれた天井までガラス張りになった展望室の様な物だった。
そこには、華やかに人々が行き交い会話やダンスを楽しむ喧騒をよそに、置かれた椅子に座り黒いドレスの女が一人星空を見上げながらウイスキーのショットグラスを傾けていた。向かいの椅子にはタキシードに身を包んだ男が座り、その女を見守る様にして、また同じようにウイスキーのグラスを傾けている。
そうその女は紛れもなく自身の姉である静だとカタリナには一目でわかった。しかし、その向かいに座る男が誰なのかは、瞬間分からなかった。最初、カタリナは静がさっそくこのパーティー会場で新しい男を誘惑して来たのだろうと思った。だが、静がリムジンの中で言っていた事を思い出し、もう一度、その男を注意してよく見てみると、服装こそ静同様いつもと全く違うが、あのいつも静の傍らに居るマックスだと気が付いた。
こうしてきちんとした恰好をした二人を遠めに見ているとカタリナは、まるで年上で少し気の強いお姫様と、彼女の事を心から慕うが年下の恋人が密かに逢引している現場を覗き見ている様な気になった。
「まったく『馬子にも衣裳』とはこの事を言うのね……」
カタリナが日本のことわざを口にしたのを聞いて、クローディアは何故か嬉しそうな笑みを浮かべた。
ちなみにラマナス海洋王国の標準言語は、初代王にして建国者でもあったエドワード=ラマナスが英個人であった関係で英語となっている。あと、その地理的な要因から中国語も同じ様にほとんど通じる。日本語に関してはリチャードの先代王妃で静の母である忍が日本人であった事から日本との繋がりも深く親日国であった為に第二、第三外国語として学ぶ者も多かった。もちろん静は日本が普通に喋れたし、ことわざ、古文等にも精通していた。カタリナに関して言えば王族のたしなみとして日本語の勉強もしていたが、会話でこの様なことわざを使いこなすにはまだまだ勉強中の身であった。
ただ静に関しては、中国語、日本語以外にもかなりの言語を器用に使いこなすとカタリナは聞いたことがあった。フィリピンなどこの辺りの国々のローカルな言語も結構流暢に話すことが出来るらしく、その事がそう言う言葉を主に話すアウトロー達の信頼を得ている要因の一つだと言われている。
「ねぇ、クローディア、姉さんとマックスさんって、
やっぱり恋人同士なのかしら。
こうしてあんな風な二人を見てるとそう思っちゃう」
カタリナは静とマックスを見ながら独り言のように言った。
「さぁどうでしょう。
お二人は仲がよろしいのは間違いございません。
でもどちらかと言うと仲の良い姉弟と言う感じだと私は思います」
その言葉にクローディアはそう言って微笑んだ。この時、カタリナはクローディアの浮かべた微笑みに少し疑問を感じた。それはその笑みがあまりに自然過ぎたのだ。クローディアの様な立場の人間が浮かべる社交辞令的な笑みとは明らかに違う様な気がしたのだ。
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