第12話 姫二人花と狂犬呉越同舟

「何事ですか!」


 すぐさま、クローディアが運転席との間にあるパーテーションを下ろして振り返りざまに叫んだ。


「すみません、クローディア様。

 実は突然、車の前に……」


 運転手が後ろを振り返り、泣きそうな顔でそう答え終わる前に、リアドアがいきなりガバッと開かれた。


 同時に、見覚えがある顔がカタリナの目の前に現れた。


「よぉっ、カタリナ。

 悪いが一緒させてもらうぞ!」


 長い黒髪、垂れた前髪から覗く、左半分に火傷の痕が醜く残る顔。それは間違いなく静だった。


「な、何であなたが!」


 カタリナが驚きと怒りが入り混じった表情で抗議の声を上げた。


「まあそう言うな。これでもお前の姉だぞ。

 しかも、今日は行き先も同じだ。

 ちょっと奥へ詰めろ」


「行く先が同じって……」


 静はそう言いながらカタリナを奥へ押しやりながら、無理やりシートに腰を下した。カタリナがそう言い淀みながら静を見ると、確かに彼女はいつもの不良っぽい恰好ではなく、きちんとした黒いイブニングドレス着ていた。


 ただ、カタリナが着ている様な肌の露出の多い一般的なものではなく、ロングであるのはもちろんだが袖も手首まである長袖で、背中も胸元も首まで布が覆う造りになっていた。顔だけでなく体にも火傷や縫い痕などが広がる彼女の為の特別製ドレスである事は一目瞭然だった。


「今日は幸か不幸か、私も呼ばれてるんでな。

 もちろんマックスの奴も一緒だ」


「じゃあ、いつもの様にあの方と一緒に、

 あのうるさい車で行けば良いじゃないですか」


 静がドレスの裾を直しながらそう言うとカタリナは迷惑そうな顔で言い返した。


「今日は酒を飲むパーティーだぞ。

 その上、フェラーリにはオートドライブ機能はない。

 この国の姫なのにお前は私に飲酒運転しろって言うか?」


 静はそう言って豪快に笑った。


「じゃあ、あの方はどうしたんですか?」


「あいつは先に会場にいってるはずだ。

 なんせ私はこっちでこれに着替えなきゃいけなかったんでな」


 静はケラケラと愉快そうに笑いながら自身の身に付けているドレスを触りながら答えた。


 そして静は手に持っていた小さなパーティー用のバックの中から、棒付きキャンディーを取り出し、無造作に包み紙を破り車の床に投げ捨てると、口にぱくりと咥えた。


「お前も食べるか?」


 そしてもう一本、バックから取り出してカタリナの顔の前に差し出した。


「私は結構です!」


「じゃあ、クローディア、お前はどうだ?」


 カタリナが不機嫌そうに顔を背けると、今度は対面に座るクローディアの方へ静はキャンディーを持った手を伸ばした。


「お気持ちだけ頂いておきます」


 クローディアは口元に少しだけ微笑みを浮かべそっと目を伏せた。


「なんだ、つまらない奴らだなぁ。

 新発売のチョコバナナ味で美味うまいのに……」


 すると静は本当に残念そうな顔で差し出したキャンディーをバックに戻した。カタリナがちらりと静の持ったバックの中身を盗み見ると、そこにはまだ五、六本のキャンディーが入っていた。


 その後、カタリナと静はしばらくの間はほとんど何も話さなかった。異母姉妹で同じ王宮に住みながらもこれが普通の二人だった。むしろ、この状況は口げんかが始まらないだけマシとも言える。


 静はよっぽど口に咥えたチョコバナナ味の棒付きキャンディーが気に入ったのであろう。窓の外を眺めながら上機嫌でころころとキャンディーを口の中で転がしていた。口から出た白い棒切れが上下左右にせわしなく動いてた。


 長く伸ばした前髪に隠れているとは言え、半分焼けただれた不気味なその顔、そしていつものあの言動の悪さからは、今の静の様子はまったく想像できない物だった。そこには、三十歳になろうとする大人の女とは思えぬ、無邪気さが溢れていた。


「まったくこの人は、大人なんだか、子供なんだか。

 本当に分からない人だわ……」


 そんな静を横目で見ながらカタリナは小さく呟いた。


「んっ? 何か言ったか?」


「何も言ってません!」


 静がその呟きに気づいたのか急にカタリナを振り返ってそう尋ねると、カタリナはそう言ってぷいっと横を向いてしまった。


「今夜は良い機会なんだからそろそろ彼氏の一人ぐらい見つけろよ。

 お前は、将来、親父達が勝手に決めた奴を婿に取らねばならん。

 そうなったら男遊びなんて絶対に出来ないぞ。

 だから、今の内に十分遊んどけ」


 横を向いたカタリナに静はそう言って笑った。そして急にその笑いを止めて真剣な眼差しになってカタリナに尋ねた。


「お前の事だからいまだに処女のままか?

 いや、そればかりかひょっとしてキスもまだなのか?」


 そう尋ねてからカタリナはキャンディーを咥えたままの口元にいやらしい笑みを浮かべた。


「大きなお世話です!

 私はあなたと違って、

 夫となる人以外とはその様な事をするふしだらな女ではありません!」


 カタリナは静の顔をキッと睨むとそう叫んだ。


「まったく、固くて面白みのない奴だなぁ、お前は。

 半分とは言え血が繋がった我が妹とは思えんな」


 挑発とも思える冗談にムキになったカタリナを見て静はさも楽しそうにけらけらと笑い声を上げた。


「まったく、本当にこの人はデリカシーの欠片もない……」


 カタリナは、半ば呆れた様な表情でそう呟くとまたぷいっと窓の外に顔を向けてしまった。静はそれでも一人まだ腹を抱えて笑い続けていた。


「やはりこうなってしまいますか……」


 結局、いつもの口喧嘩が始まってしまった見て、クローディアが困った様な顔で小さくそう呟いた。



 やがて、静が無理やり合流して三人になったカタリナ一行を乗せたリムジンは港の見えるベイサイドに建つ超高級ホテル『ホテル ラマナスベイサイドキャッスル』の玄関前に到着した。


 ちなみに、少し前に噂の鬼が拉致された女を救った倉庫街はこのホテルとは港を挟んで反対側にある。あちらは倉庫街で夜になると裏寂しい場所だが、こちらはこのホテルや高級レストラン、さらには高級住宅地も近く、夜になって華やかな場所だった。


 カタリナの乗ったリムジンが玄関に到着すると、すぐさまドアボーイが駆け寄って来てリアドアを開けた。同時に玄関で整列して待っていたホテルの達幹部クラスの中から一人の男が飛び出して来て、リムジンの傍に立ち最敬礼の姿勢でカタリナ達が出て来るのを待った。

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