第11話 メイドは鬼姫の部屋へ
「確かにあの人には十分すぎるほど同情する余地あるのは認めます。
でも、それは王族ならば誰でも覚悟していなければならない事です。
それを理由にあの人がああいう態度を取り続けるのは、
幼稚でわがままと言うものです。
決して三十歳目前のいい大人がする様な事ではありません」
静を庇ったクローディアにカタリナは同意する事なくきっぱりと言い切った。
長年カタリナに寄り添って来たクローディアにはカタリナがそう言う事は分かっていた。この真面目さがカタリナ最大の美点であり国民に王女として愛される理由である。しかし、それが同時にそれがカタリナ唯一の欠点でもある事をクローディアは理解し、後々彼女が女王になった時の事を
「静様には静様なりのお考えもあるんですよ、姫様」
静が去った玄関の豪華な飾り階段の上を睨みつけるカタリナに、少し困った様な笑みを浮かべながらクリーディアが諭すように言った。
「あの人にどんな考えがあろうとも、
王族の一人としてこの宮殿に住み続ける以上、
私はあの人を認めないし、
お母様への無礼は絶対に許しはしません」
しかし、カタリナは不服そうな顔でそう言うとくるりと踵を返た。
「お母様や私に不満があれば、この家からさっさと出て行けば良いのよ」
そしてクローディアに背を向け独り言の様に小さく吐き捨てる様にそう小さく呟くと、自室に戻る為飾り階段を上がり始めた。そのカタリナをクローディアは深々と頭を下げて見送った。
ちなみに、静の自室もカタリナの自室も同じ二階にあった。ただし、二人の部屋はそれぞれ王宮の左翼右翼に分かれてあった。玄関正面にある飾り階段を登り切った所にある廊下を右に曲がれば王宮右翼棟で普段は使われない客人滞在用や予備の客室が並ぶ。静の部屋はその一番奥手にあった。そして廊下を左に曲がれば王宮左翼棟でカタリナ達王族の自室がある。もっとも静の部屋も元々はこの左翼棟にあったのだが、王位相続権を剥奪された折に静自らの意思で王宮右翼棟に移ったのだった。ちなみにクローディア達使用人の部屋や事務室は静が居る右翼棟にある。
その日の夕食後、カタリナはそっと王宮右翼棟へ向かった。
カタリナは王宮の皇族専用ダイニングで父であるフレデリックと母マリアと共にクローディア達の給仕を受けながら夕食をとった。そして当然のごとくその場に静の姿はなかった。夕食のみならず静がカタリナ達共に食事を王宮のダイニングでとることなど年に一、二回あれが良い方だった。静は外で良からぬ仲間と酒を飲みながら食事を済ます事が多いのだ。この日の様に珍しく王宮で食事をとる時ももっぱら自室に食事を運ばせてそこで一人、あるいはマックスと共に食べていた。しかし、カタリナはむしろ静が一緒に来ない方が嬉しかった。静が加われば必ず最後は家族中で言い争いになり気分が悪いまま食事が終わる事が目に見えていたからだった。
そっと陰から静の部屋を窺っていると、やはりクローディアがキャスター付きの大きなワゴンを押しながらやって来た。二度、静の扉をノックしてからクローディアは扉を開けてその部屋の中へと消えて行った。
「なんであんな人の言いなりになるのよ、クローディア」
そのクローディアの姿を悲しそうな、そして苦しそうな表情で見送ったカタリナは悔し気にそう呟くと、小走りに自分の部屋のある王宮左翼棟へと帰って行った。
あの後、クローディアが悪魔の様なあの女と、あの女の腰巾着であるあの男のおもちゃになる事は明白だった。あの部屋の中でクローディアがどんな酷い辱めを受けるか想像するだけでカタリナの胸は張り裂けそうになった。
それから一か月ほどしたとある土曜日夕方。
綺麗に結い上げた髪には王女である証の宝石をちりばめたティアラ。鮮やかなブルーのイブニングドレス。風景が映り込むほど磨き上げられた真っ白な革のピンヒール。そして真っ白な絹製の長い手袋を身に付けたクローディアに付き添われて玄関正面の飾り階段を降りて来た。カタリナをエスコートするクローディアは一見いつも通りのメイド服だったが、良く見るとワンピースはいつもの黒ではなく濃紺で、しかも若干丈が長く生地も綿ではなく光沢のあるベルベットだった。さらには染み一つない純白のエプロンドレスと、頭の上のホワイトブリムはいつもなら綿で出来たものであるが、この日は実用性を無視したあくまで見栄えを重視した豪華な絹製だった。
そうこの日、カタリナは、ラマナスの著名人や在ラマナスの外交官のご子息達と同年代同士の親睦を深めるディナーパーティーに出席する事になっていたのだ。そしてクローディアもカタリナのお供として同行する事になっていた。
「色々忙しいのにごめんなさいね、クローディア」
カタリナを自分の手を取りエスコートするクローディアに声を掛けた。
「いえ、姫様。
逆にお若い方ばかりのパーティーに、
お供が私の様なおばさんで申し訳ないです」
クローディアが謙遜してそう答えるとカタリナはくすくす笑いながらこう答えた。
「何言ってるのよ、クローディア。
今日のパーティーであなたに会える事を
楽しみにしてる男の子も多いのよ」
「お若い方が私をですか?」
「あなたって年下の男の人に何故か人気があるみたい」
きょとんとした表情でクローディが聞き返すと、カタリナはそう言って愉快そうに笑った。
カタリナとクローディアが玄関ホールを出ると、玄関前には黒塗りの豪華なリムジンが停まり二人が来るのを待っていた。二人の姿を確認した運転手はすぐさまリアのドアを開け深々と頭を下げた。
「お世話になります」
カタリナはそう運転手に声を掛けると優雅な仕草でリアの広く豪華なシートに腰を下ろした。クローディアもその後に続きカタリナの対面にあるシートに座った。二人が座るのを確認すると運転手は静かに細心の注意を払いながらリアドアをそっと閉めた。
運転席の閉まる音がして、カタリナとクローディアを乗せたリムジンは静かに動き出した。
しかし、その直後だった。
カタリナは体が前につんのめる様な軽い衝撃を覚えた。彼女はすぐにそれが自分たちが乗るリムジンが急停車したのだと分かった。
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