第5話 ラマナス海洋国家史(1)

 このラマナス海洋王国は、ラマナス海(旧名称:南シナ海)に浮かぶ一つの小島を核とした直径およそ25kmの円形をした巨大な人工島であるエドワード島を首都とする海洋国家である。エドワード島を中心としたその周辺にある大小さまざまな人工島を含む島々と海域がその領土となり、それはかつて中国共産党政府が九段線として自身の領海を主張していた海域とほぼ重なる。


 それは2020年に突然の様に表に現れた一つの文書が発端だった。その時は誰もがこの事件がその後、アジアの、いや世界のパワーバランスを根底から揺るがす様な大事件になるとは思ってもみなかった。単なる、TVのワイドショーで一時的に騒がられだけの、かなり怪しげなタブロイド記事の様な物だと思われたのだ。


 通称『ラマナスチャイナ極秘合意文書』。それは太平洋戦争勃発して間もない頃(1938年頃)に、当時、帝政日本軍と戦っていた蒋介石の率いる国民党中華民国が、イギリス人商人『リチャード=ラマナス』からの援助を得る見返として、南シナ海の一部の島々とその周辺海域を割譲する約束した公式極秘文書だった。


 結果、一時は非常に苦戦を強いられた中国であったが、連合国側の金銭的および軍事的援助と参戦もあって無事、帝政日本を退ける事が出来た。ただ同時に、中国側も蒋介石率いる国民党と毛沢東らが率いる共産党との間に内戦が勃発し、この『ラマナスチャイナ極秘合意文書』は、事実上の棚上げ状態になった。そして、そのまま、戦後の混乱でこの文書自体が高度な極秘性を持っていたことが災いし、連合国側、中国側(国民党、および共産党両側を含む)、両方の歴史上から完全に忘れ去られてしまった。


 その後、毛沢東が率いる共産党によって統一支配された大陸側の中華人民共和国は、徐々に実力を付け2010年代になると旧日本帝国が行った様な積極的海外進出をする様になった。もちろん、それは表向きは軍事力ではなく経済力を持って行われる平和的な物だったが、南シナ海においては1953年から中華人民共和国がその領有を主張していた九段線と言われる海域の実効支配を強めていた。もちろん、これには周辺諸国や欧米諸国も反発し2016年にはハーグ常設仲裁裁判所が『法的根拠がなく、国際法に違反する』と判決を下したが、中国側はまったく意を介さず島々に軍事的基地や港、宿泊施設等を建設するなど支配を進めていた。


 そんな中、代々商人として莫大な富と名声を得ていたイギリス人の『エドワード=ラマナス』卿が2020年10月15日に突然、歴史の闇に消え去っていたラマナスチャイナ極秘合意文書の存在を明らかにした。エドワードは、合意文書に署名した祖父リチャード=ラマナスの、『友人である中国がまだその足で歩き出せるまではこの文章の存在は固く秘し、その権利もこれを保留し続ける事』と言う遺言に従って秘していたが、その中国が当時の帝政日本と同じことをするのであればこの遺言は無効になるとして、この合意文書を公表し、即時、約束された島々と海域の領有を宣言した。後に、この日(10月25日)が『ラマナス海洋王国』建国の日とされる事となる。


 もちろん、中国側は『頭の狂ったイギリス人の妄想』と一蹴し相手にしなかった。そして世界中の国々も同じ様に、TVのワイドショーやネットでは話題にこそなったが誰一人、その文書が正規の物であるとは思っていなかった。ここに至りエドワードは世界中の笑い者にされた。


 しかし、年が明けた翌年一月、突如、台湾の中華民国が、重要度が低く近日中に廃棄予定の文書の中からこのラマナスチャイナ極秘合意文書の写しを発見したと発表した事で事態は一転した。すぐさま世界中は騒然となった。今まで狂人の世迷言と笑っていた文書が、突如、公式文書となる可能性が出て来たのだ。しかも、これが公式文書となると中国(中華人民共和国)が領有を主張する九段線内のほぼ中央に他国の領土領海が出現する事になるのだ。もちろん中国政府(中国共産党政府)は猛反発し、文書は台湾政府による捏造品だと主張した。


 そこでこの問題は、国連にて調査チームが編成され、この文書の一年に及ぶ徹底的な精査が行われる事となった。調査が始まった当初は、中国共産党政府に対して有利に立ち回りたい台湾国民党政府が、ラマナスチャイナ極秘合意文書事件に便乗して捏造したとする中国共産党政府の主張が正しいだろうと誰もが思っていた。


 ところが結果は驚くべきことに、この文書は紛れもなく本物だと結論付けられたのだ。


 国連安全保障理事会では当時、常任理事国であった中国の反対で可決される事はなかったが、中国を除く世界の主要国の大多数はこのラマナスチャイナ極秘合意文書を根拠とするエドワード=ラマナスの該当島々および海域の領有を認める流れとなった。


 そして、2023年3月1日にエドワード=ラマナスは割譲が約束されていた現エドワード島の中核となった小島に上陸した。もちろん中国政府の人民解放軍はそれを実力で排除しようとしたが、エドワードを支持する台湾政府軍だけでなく、アメリカ軍、ロシア軍、さらには後方援助として日本の自衛隊まで出動し、上陸を支援し、エドワードが生活を開始したエドワード島を保護した。これにより世界は、中国共産党政府VS世界連合軍と言う世界規模の大戦に発達する危険な状況となった。この一触即発の事態において、水面下で何度も交渉が行われ、世界を相手にする危険を自覚した中国共産党政府が折れる形で、人民解放軍は撤退し、同時に世界連合軍も海域から撤退した。



 とりあえず平和になった島での生活を開始したエドワードは、割譲された島々の本格的な調査に乗り出した。そして、同時に現エドワード島の礎となる人口島の建設を始めた。それから三年、現エドワード島の1/3規模ではあったが世界でも類を見ない人口島が出来上がり、エドワードは自らが王となり『ラマナス海洋王国』を名乗り小規模ながら国家としての機能も果たし始めた。


 その矢先だった。再び、このラマナス海洋王国から世界を揺るがす発表がなされた。

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