第3話 時間旅行の一つの成果

高校三年生の僕(桜井 隆之介)は,夏休み明けの始業式の日に謎の未来人 広瀬 光太郎と彼が使うタイムマシンに出会った。

僕は親友の坂本 宏樹の命を救うためそれを使って過去に行き,宏樹の狂言自殺騒動を起こすことで,無事に彼を助けることができたのだ。

光太郎を無事に未来に帰したことでその騒動は一段落ついたと思っていたが,その考えは間違いだった。それから二日間僕の周りではいろんな変化が起きた。そして三日後の今日は,ある大学教授と塾講師に始業式の話を聞くために呼び出された。僕は単純にあの日の騒動のことを聞かれると思っていたが,彼らは僕が未来人に会ってタイムマシンを使ったことを知っていたのだ。


彼らに嘘をついてもすぐに見破られると考えた僕は下手にごまかすことはせずに,始業式の日のことを話すために彼らとともに,家の近くのファミレスまで来ていた。


「何でも頼んでいいよ。私たちのおごりだから。」


一流大学の教授である四宮 香(しのみや かおり)さんは案内された席に座ると親しげに,テーブルの向かいに座った僕にそう言った。


「じゃあ,ウーロン茶をお願いします。」


「そんなに遠慮することないのに。カレーとかでもいいよ?」


ここに来るまでの間にタメ口で話すようになった彼女は残念そうにそう言ったが,僕は彼らのことをまだ信用していなかったためその提案を断った。僕や光太郎にとって,敵になるか味方になるか分からない人たちに少しでも弱みを握られるようなことはしたくなかったのだ。


「それじゃあ,本題に入ろうか。」


注文の品が届くと,四宮さんの隣にいた高梨 誠(たかなし まこと)さんが話を切り出した。


「3日前の午後の話だ。実際に起こったことを正直に話してくれるか?」


高梨さんに言われた僕は,素直に始業式の日の放課後のことを彼ら二人に話した。タイムマシンのことや光太郎のことを知っているであろう彼らには隠し事をしても仕方ないと思ったため,そのほとんどすべてを正直に。なぜ僕たちが二時間前の過去に行ったのか,そして過去で何をして,何のためにあの騒動を起こしたのかなど,あの時間旅行について知っていることを僕は長々と語ったが,ただ一つ光太郎の素姓については一切教えなかった。

それは彼らを警戒していたからというのもあったが,一番の理由は僕にもハッキリとは分からないからだった。僕は光太郎のことを将来の自分の子供ではないかと考えたが,それを聞いてもあの日の光太郎は答えてくれなかった。彼が出会ったばかりの時に言った,将来の舞と宏樹の子供という説も,今となっては信頼性はかなり薄い。そんな理由から,僕は光太郎について以外のことを全て彼らに語った。

僕が話している間,向かい合って座った二人はうなずいたり,たまに何かを確認するように二人で目を合わせたりしながら真剣に聞いていた。初対面の人と話すのが苦手な僕は,審査されているみたいな気分になって,正直話しづらかった。

そして始業式の日の光太郎が未来に帰るまでのことを話し終わると,高梨さんが口を開いた。


「なるほど。3日前に俺たちが観測した事実とも矛盾は無いな。報道された事実とも学年主任の先生の話とも合ってる。俺は彼が本当のことを言ってたと思うけど,四宮はどう思う?」


僕の話に納得した様子の高梨さんにそう聞かれ,四宮さんは答えた。


「私も概ね文句は無いよ。あの騒動が未来人にとって予想外だったことなら,二時間前に移動した謎も狂言自殺に加担した謎も解決するね。でも,桜井くんはまだ私たちに言っていないことがあるんじゃない?」


「例えば,何ですか?」


四宮さんが疑ってきて,僕はそう聞き返した。彼らが何者か分からないうちは,余計な情報を話すわけにはいかないため,逆に彼らの知りたいことを探るためにそう聞いたのだ。なるべく冷静に見えるよう答えたつもりだったが,内心では光太郎の素性を隠したことに気づかれたのではないかと焦っていた。その僕の心を知ってか知らずか,四宮さんは余裕の表情で答えた。


「例えば,その光太郎くんがこの時代に来た目的とか?」


四宮さんがそう聞いてくれて,僕は少しホッとした。光太郎がここに来た目的について,僕は本当に知らないからだ。嘘をついてごまかすよりも本当のことを言う方がずっと楽だ。


「申し訳ないですけど,それは僕には分かりません。あの日はそれどころじゃなくて結局,何も聞けませんでしたから。」


本当のことを言った僕に,四宮さんはさらなる質問をした。


「そう。なら私の推測を言っていい?」


「どうぞ。」


「よほどの天才や聖人でもない限り,人間って生き物は赤の他人のために自分の得にならないことはしないものだ。私たちの先生が昔そう言ってくれたんだ。血が繋がっているなら別だけど,普通の人は何かをする時に無意識に自分の得に見合うかどうかを考えて行動する。見合わなければ何かしらの理由をつけて行動しないだろう。そんなことを言ってた。」


「そうかもしれませんね。」


僕は四宮さんの推測にその話がどう関わるのか理解できなかったが,それ自体には分かる部分もあったため同意した。そして彼女は話し続けた。


「うん。残念だけど私もそう思う。でも,桜井くんはどうなの?私は天才だから赤の他人を助けたいと思うけど,あなたは自分を天才なんて思ってないよね?それでもあなたは3日前,元から低かった教師からの信頼をさらに下げてまで,未来の高校生のために大胆な計画を実行した。あなたにとってその対価は何だったの?坂本君を助けるだけならそこまでする必要なんてなかったのに。」


「それは...。」


四宮さんに追い詰められるような質問をされて,僕は少し言葉に詰まった。そして何か言い返そうとしたが,僕の言葉を待つ前に彼女はさらに自分の推測の話を再開した。


「それは未来から来た光太郎くんが,あなたにとって大事な人だったからじゃない?25年後の未来ということから単純に考えると彼は桜井くんの息子で,未来からあなたへ何かを伝えるためにこの時代に来たんだと思ったんだけど,どうかな?たいした根拠のない勘頼みの推測だから,違うならそう言ってもらって構わない。でも,もし私の考えが合っているのなら,彼と何を話したのか教えて欲しい。」


あの日に僕たちが起こした行動から,僕が心の中で光太郎のことをどう思っているかまで推測した四宮さんに僕はとても驚いた。しかし同時に,そこまで頭の良い彼女たちが何故そんなに真剣に,僕と光太郎の会話について知りたがるのかという疑問も湧いた。

あの日の僕たちの会話にそんな重要なものがあったか思い返しているうちに,僕はあの日の夜に鞄から出て来たメモのことを思い出した。それには確か『今後,ある天才女性科学者に会ったら以下のことを伝えるべし』という文と,その人物に伝える内容が書いてあった気がする。僕は四宮さんたちが聞き出したいのはそれだと確信し,その天才女性科学者が彼女である可能性は高いと考えた。

しかし,決めつけるのはまだ早い。光太郎が僕に残した物だからこそ,確実に信用できる人物に伝えたい。そう思った僕は,少し強気に二人と話すことにした。


「四宮さんの言う通りです。真実はわからないですけど,僕は光太郎のことを未来の子供だと思いました。それに,彼からのメッセージも受け取っています。」


「そりゃ良かった。早くそれを聞かせてくれ。」


メッセージのことを話すと,高梨さんはすぐにそう言って内容について聞こうとしたが,僕は彼が言い終わる前に続きを話した。


「ただし,先にあなたたちが何者か話してください。自分の子供と思うぐらい大事な人が預けてくれた情報です。本当にそのメッセージを渡すべき人なのか証明してください。」


言葉を遮った時に高梨さんの目が急に鋭くなり,僕は彼に少し恐怖を感じたが,それでも強気な姿勢を保ち続けた。夏休みまでの僕ならそんなことできなかっただろうが,始業式の日の騒動で自分が確かに成長したことを僕はその時実感した。

何か言いたげな高梨さんだったが,それを無視して四宮さんが僕に言った。


「自分の置かれている立場に気づいたみたいだね。」


それまで遠慮がちに話していた僕の態度が急に変わったのを見て,四宮さんはそう言ったのだろう。彼女の言ったように,僕はその場での彼らとの関係性について気づいていた。

僕が光太郎から受け取ったメモが何を意味するのかは知らないが,二人にとっては喉から手が出るほど欲しい代物らしかった。ならば,それを持っている僕にはあまり乱暴な手段は取らないはず。その状態ならば,ハッタリをかまして強く出れば,彼らは僕に信用してもらうため自らの情報を話してくれるだろうと考えていたのだ。

僕は強気のフリを続けて,彼女に返事をした。


「はい。この場において僕の立場は二人よりも上です。情報を話すかどうか選択する権利は僕にある。」


そう言うと,四宮さんは急に笑顔を浮かべた。強気の演技をやり過ぎたかと思ったが,そうではなかったみたいだった。彼女は笑顔のまま楽しそうに言った。


「フフ,大人の私たちを評価するつもり?予想はしてたけど,君はやっぱり面白い子だね。さすが高校教育の世界に噛み付いただけのことはある。」


四宮さんはそう言うと,なぜかテーブルにあるウェイターを呼ぶためのベルを鳴らして言った。


「そんなに知りたいなら教えてあげる。でも,ウーロン茶のお代わりを頼んでおいた方がいいよ。あなたの話も長かったけど,私たちの話はもっと長いから。何せ私と高梨くんが出会ってから15年間の話で,あなたたちが使ったタイムマシンが誕生した秘密の話だからね。」


そしてウーロン茶のお代わりが来ると,彼らは自分たちが出会ってからこれまでの話を僕に語った。ある夏休みに彼らが先生と呼ぶ人と過ごしてタイムマシンを作るきっかけになった話,そして彼らが二人で過ごした15年間の話だった。

僕は彼らが話している間,自分がされたように彼らの言うことが本当かどうか見極めようとしたが,彼らの半生の話は予想以上に長くて面白く,途中から普通に聞き入ってしまっていた。何より楽しそうに話す二人の様子を見ていると,嘘を話しているようには見えなかった。


「今日までの私たちの話はこんなところ。ご感想は?」


話し終えた四宮さんは僕にそう質問した。僕は率直な意見を彼女に伝えた。


「面白かったです。それにまさか3日前に僕たちのことを見てたとは,まったく思ってなかったです。」


「それで,私たちが言ったことを信じる?」


「はい。信じてもいいかなと思います。」


彼女たちが話す様子から,その話が嘘のようには聞こえなかった上に,その内容も光太郎からのメモに関連があるものになっていたため,僕は二人にメモを渡すことに決めた。


「良かった。なら教えて。未来人があなたに託したメッセージを。」


「えぇ,でも見せた方が早いと思います。今たまたま持ち歩いていますから。」


僕はそう返事をして,通学カバンのポケットからそのメモを探し始めた。


「文章として渡されたのか?」


僕がカバンの中を漁っている時に,その様子を見た高梨さんが質問した。僕はメモを探しながらそれに答えた。


「直接渡されたわけじゃないんですけどね。光太郎が帰った後,いつの間にか鞄の中に入っていたんです。あったあった。」


メモを見つけて取り出した僕は,すぐにそれを四宮さんに手渡した。


「では,ありがたく拝見いたします。」


彼女はそう言って両手で丁寧にメモを受け取ると,隣の高梨さんに聞かせるように内容を読み上げた。


「『25年前の隆之介へ。今後,ある天才女性科学者に会ったら以下のことを伝えるべし。

安全については今のままで十分。一刻も早く完成させて,間に合わなくなる前に管理局設立準備を急ぐこと。以上』。」


僕が初めてそのメモを見た時には,そこに書いてある内容の意味は全く分からなかったが,四宮さんたちの話を聞いた今なら何となく理解できた。その判断が間違っていないか確認するため,僕は四宮さんに質問した。


「これに書いてあることはタイムマシンの安全対策のことなんですよね?そして管理局っていうのは,さっき四宮さんが言っていた時間移動を利用した法律を作る新しい組織のことですね?」


四宮さんはメモを高梨さんに渡した後, 考え込むように俯いたまま答えた。


「うん。多分ね。でもありがとう。桜井くんのおかげで私たちは夢に近づけた。」


「いえいえ,もったいぶってすみませんでした。すぐに教えれば良かったですね。」


お礼の言葉をかけてくれた四宮さんに対して,さっき偉そうな態度をとってしまった負い目がある僕は素直に謝った。


「それだけ私たちへのメッセージを大事に思っていた証拠でもあるよ。守ってくれてありがとう。それに私はもう一つ,あなたにお礼を言いたいことがあるんだよ。」


「何ですか?」


重ねてお礼を言った四宮さんは,さらにお礼を言うことがあるということを僕に告げた。しかしメッセージを伝えたこと以外に彼女にお礼を言われる心当たりがなかった僕は,それが何か尋ねた。すると彼女は優しい口調で答えた。


「私が作るタイムマシンを,自分じゃなくて他の誰かのために使ってくれてありがとう。さっき,あなたたちが未来の高校生や友達のために時間を超えたって聞いて,私はとっても嬉しかった。私がタイムマシンを作り始める前から,そんな風に使っていきたいって考えていた使い道だったからね。もし,私や高梨くんのところに来てたら,自分の研究のためとか自分たちのためにしか使わなかったと思う。だからこの時代にタイムマシンと未来人がやって来たのがあなたのところで本当に良かったなって思ってるよ。」


僕はこんなにまっすぐにお礼を言われて褒められることをあまり経験したことがなかった。そのため,それをうまく受け入れられず,僕は謙遜して彼女の言葉に答えた。


「結局は自分満足のためですよ。宏樹には元気でいて欲しかったし,25年後の光太郎たちにはもっと楽な高校生活を送って欲しかった。僕がそう思っただけで,本人たちの意見なんて聞いてませんからね。」


僕がそう言うと,四宮さんは微笑んで言った。まるで,僕が彼女のまっすぐすぎる言葉に照れているのを見透かしているかのようだった。


「そういうことにしておこうかな。でも,私もこれからの高校生が楽に過ごして欲しいっていう考えには賛成だよ。だから,桜井くんへのお礼というわけではないんだけど,知り合いの教育学の先生に今回あなたたちが起こした騒動のことを伝えてみる。偉い先生だけど私が言うことならきっと聞いてくれると思うから,期待してていいよ。」


四宮さんのその言葉を聞いて,僕はホッとした。3日前に僕たちがとった行動が,本当に意味があるものだったのか僕は不安に思っていたからだ。あの日別れる直前に光太郎は,僕の行動が高校の空気を変えると言ってくれたが,実際には今日まで何も変わりはしなかった。四宮さんたちと出会ったことで,ようやくあの日の行動の成果が現れたのかと考えて,安心したのだ。僕はあの行動に意味を持たせてくれたことに対して,彼女たちにお礼を言った。


「そうですか。ありがとうございます。」


「いいよ。高梨くんは何か言いたいことある?」


それまで光太郎からのメモを見たまま黙っていた高梨さんに四宮さんが声をかけると,彼はメモを彼女に渡して即答した。


「ある。水を差すようで悪いが,3日前のお前たちの行動は反省すべき点もあると思うぞ。もちろん俺たちは感謝しているが,あの日のお前たちは少し強引過ぎた。もっとよく考えるべきだったな。」


僕は痛いところを突かれたと思った。あの日の僕の行動はいろんな人に迷惑をかけ,多くの人を悲しませて辛い気持ちにさせるものだった。そのため,いくら未来の高校生のためとはいえ,僕はあの行動を自慢できるものとは思っていなかった。そのことを認めた上で,僕は自分の考えを彼に伝えた。


「僕も分かってます。宏樹にも辛い思いをさせたし,剣道部は無くなって学校にも悪い噂が広まったと思いますから。」


僕は自分が悪いことをしたのだと高梨さんに告げたが,彼が言いたいことはそのことではなかったらしかった。彼は首を振り,話を続けた。


「いや違う。俺が言いたいのはそんなことじゃない。お前と坂本くんは,部活や高校の空気を変えるために,自分たちの評価を下げてまで行動を起こしたみたいだが,そんなことは今後やめろってこと。自己犠牲は美徳とされることもあるが,自分を大切にすることの方がずっと大事だぞ。お前を大事に思ってる人もいるんだろ?」


僕はその言葉を聞いて,正直少し戸惑った。そんな叱られ方をした経験は今までなかったからだ。僕はこれまで生きてきて,怒られてきたことは多々ある。主に他人に迷惑をかけた時や,他人との和を乱した時,それから他の誰かを傷つけた時などが多かった。しかし,自分をもっと大切にしろと言われて怒られるのは初めてだった。

その言葉の雰囲気から何となく,高梨さんは僕を思って叱ってくれてるのだなと感じた僕は,戸惑いながらもとりあえず彼にお礼を言った。


「はい,ありがとうございます。」


困惑しているような僕の様子を見た四宮さんは,クスッと笑って高梨さんに声をかけた。


「ピンときてないみたいだね。」


「みたいだな。いいさ,そのうち分かるだろう。」


高梨さんはその言葉に対して投げやりに答えて,彼の話を終えた。すると今度は四宮さんが僕に言った。


「でも,私も高梨くんの言うことには一理ある。あなたたちがやったことは,最善ではなかった。」


「そうですか。」


自分でも分かっている事実を言われ,僕は納得するしかなかった。その答えを聞いて,四宮さんは話を続ける。


「そう。だからこれから先,あなたたちが起こした騒動がきっかけで,世間の空気が見直されることになったとしても,あなたが褒められることはきっとない。行動を起こしたことになってる坂本くんが褒められることはあるかもしれないけど,あなたの行動は表には出ないだろうね。」


僕は頷きながら,それを聞いていた。言葉にはしなかったが,内心少しショックを受けていた。もしこの騒動が有名になったら,未来の光太郎に自慢できるかもと少し期待していたからだ。

そんな僕の心情に気づいたのか,四宮さんは僕への言葉を続けた。


「でもね,世間に認められるよりも良いことがあるよ。」


そう言った後,彼女は僕がそれが何かを聞く間も無く,続きを話し始めた。


「私と高梨くんが覚えてる。後にタイムマシンを完成させる天才二人が,あなたがタイムマシンを使ってやったことを,勇気ある偉大な功績として認めてるんだよ。それは世間に認められるよりもずっと価値があることだ。自信を持っていいよ。」


この時点では,彼らはタイムマシンを完成させたわけでもなく,歴史に名を残す人物だと決まっているわけでもないのだが,そんな自信満々な彼女の言葉を聞いて,僕も少し自分の行動に自信が持てた気がした。その二人に認められることが,本当にすごい価値があるものではないかと,何となく思ったのだ。

四宮さんの話が一段落すると,隣で時計を見ていた高梨さんが,テーブルに置いてある伝票を取りながら僕たちに声をかけた。


「それじゃあ,無事にタイムマシンのことを聞けたわけだから,今日のところはお開きにしようか。」


すると,四宮さんは慌てたように彼に言った。


「待って。まだこれからの話がたくさんあるんだけど。時間改変の事とか,口止めの事とか。」


気になることを四宮さんが言った気がしたが,詳しいことを聞く前に,高梨さんが呆れたように彼女に注意した。


「もう9時だぞ。いい加減この子を家に帰さないと。」


「そうだね。学校も名前も分かってるんだから,いつでも会えるかな。」


四宮さんは彼の言葉に納得したように答えて,移動する準備を始めた。


「それじゃあ,またすぐに会うことになると思うが,とりあえず今日はありがとう。俺たちが家まで送るよ。」


僕はその後,彼らの厚意に甘えて家まで送ってもらった。別れ際に二人はまたすぐに僕に会えるみたいなことを言っていたが,僕は大人な彼らの社交辞令だと思って,その言葉を受け取った。


彼らに光太郎からのメッセージを伝えた事で,始業式に起こった騒動は僕の中でようやく区切りがついた。あれを受け取った四宮さんたちは,これからきっとタイムマシンを完成させていくのだろう。もう僕の手に負える話ではないだろうが,密かに彼女たちのことを応援しようと思った。次に彼らのことを目にするのは,きっとタイムマシンの発明者としてテレビで見る時なのだろう。

しかし,始業式の騒動が片付いた今,僕にはそれよりももっと考えなくてはいけないことがあった。それは日曜日に約束したクラスメイトの広瀬 舞(ひろせ まい)とのデートのことだ。高校三年生の僕には受験勉強ももちろん大事なことだが,今だけはデートを優先させようと思っていた。なぜなら僕はその日,彼女に思いを伝えるつもりだからだ。約束をしてから今日までの3日間,僕の周りはなぜか変わったことが起き続けて,告白のプランをしっかり考える余裕が無かった。

僕は晩御飯を済ませるとすぐに,日曜日の計画について考え始めた。




一方,桜井くんを家まで送った俺と四宮は,そのまま車で自分たちの家へと向かっていた。

黙って今日のことを振り返っていた俺に,助手席の四宮は声をかけてきた。


「ねぇ。高梨くんさ,東郷先生にちょっと似てきたんじゃない?」


「ハァ?」


突拍子も無いことを言い出した彼女に俺は驚いて聞き返した。


「さっき桜井くんに,もっと自分を大事にしろって言ってたでしょ?昔私も同じようなことを先生に言われたから,さっきの高梨くんはちょっと先生の姿とかぶったよ。」


「似てくるわけないだろ。俺と先生は親子でもなんでもないんだから。」


彼女の言葉に少し喜んだが,そんな言葉に全力で喜ぶようなキャラでも無いので,俺はとっさに否定した。


「親子じゃなくても似ることもあるでしょ。実際のところ高梨くんは,父親みたいに先生のことを慕ってたじゃない。」


「そうかもな。」


否定し続けると彼女はしつこく同じことを言い続けそうだと思った俺は,素直にそれを認めることにした。そして話を変えるため,俺は未来からのメッセージについて彼女に聞いた。


「それより,彼から渡されたメッセージはどうだった?」


「うん。私たちの事情を知らなきゃ書けないようなことだから,偽物ってことはないと思う。あの子の話も合わせると,ほぼ100パーセント未来の私からのメッセージだよ。」


四宮は鞄から例のメモを出して,俺の問いに答えた。そしてそれを見ながら,さらに話を続けた。


「でも気になることもある。なんで私へのメッセージを送るのに桜井くんを経由したんだろうか?直接渡すわけにはいかなかったのかな?それに未来技術を管理する組織づくりについては言われなくても急ぐけど,間に合わなくなる前にって何のことかな?まだまだ分からないことだらけだよ。」


「でも,タイムマシン開発については今日で一気に進んだ。もはや完成間近と言ってもいいな。」


また四宮が余計なことを考えて落ち込みそうだと思った俺は,彼女を元気づけようとしてそう言った。


「うん。残る謎はこれから25年かけて解いていくとしようか。桜井くんとも長い関係になりそうだしね。」


「彼のこと,そんなに気に入ったか?」


ファミレスにいた時から,四宮が彼のことをやけに褒めていたことが気になっていた俺は彼女に聞いた。すると彼女は,まるでからかうみたいに楽しそうに俺に言った。


「何?高梨くん。もしかしてやきもち妬いてるの?」


俺はすぐに否定した。


「そんなんじゃねぇよ。彼のことそんなに信用して大丈夫なのかってことだ。」


俺がそう聞き直すと,彼女は真剣な表情になって答えた。


「冗談だよ。分かってる。単に25年後の私が彼にメッセージを託すことを決めたみたいだから,長い関係になると思っただけだよ。でも未来人のメッセージを渡す前の,あの子の私たちを試すような態度を見ると,私たちが何も言わなくても,タイムマシンの秘密は守ってもらえそうじゃなかった?」


「でも,そうもいかんだろう。万が一,俺たちがタイムマシンを作っていることがどこかから漏れたら,また15年前と同じようなことになるかもしれないぞ。」


いくら桜井 隆之介が信用できるかもしれない人物だと思っても,15年前に大失敗をした経験のある俺たちは,その秘密を知る者を野放しにはできない。そんな考えから,俺は彼女の楽観的な考えを否定した。


「うん,彼への口止めの手段もこれから考えないとね。」


四宮はそのことも理解したようで,すぐに納得した。


「高梨くん,きっとこれからもっと忙しくなるよ。桜井くんの口止めに,タイムマシンの仕上げとデータ採取。新技術の法律を作る組織づくりや先生の件も何とか考えないと。これからも楽しくなりそうだね。」


「そうだな。」


まだまだ問題はたくさんあるが,彼女はその状況まで楽しんでいるように明るく言って,俺はその意見に同意した。


そして俺たちはこれからの話をしながら自宅へ戻った。今日で俺たちのタイムマシン開発は大きく前へ進んだと思う。相変わらずやることは山積みだが,俺たちはとりあえず,明日桜井くんにまた会いに行く予定を立てて眠りについた。

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