おもいで
Tはいつものように質問していた。質問する手を見て,何かがおかしいと思った。何だろう。Tの右手だ。右手の中指と薬指の間に指らしきものがある。1,2,…,5,6。何度数えても6本ある。教師としてどう声かけたものか。迷っている私を見て,全てを悟ったかTは素早かった。
「あ,先生,これですか。僕,奇形で1本多いんですよ。便利でしょ。将来外科医になりたいんですよ。この指動くんですよ。ほら。飾りの人が多いんですけど,僕のは動くんです。これで不可能だった手術も可能になったりするとおもうんです」
立て板に水。何回か肉体的特徴を聞かれたことと思う。そのわずらわしさを克服した上で,聞く者にTに開かれた大きな可能性を感じさせる立て板に水。迸る。嬉しくなった。
「いや。何かおかしいなと思ったんだけど,おかしいのは俺で,お前はちゃんとおかしさで無く,利点として受け止めていたんだなぁ。先生嬉しくなっちゃったよ。むしろ感激してる」
「そんなことより,質問に答えてくださいよ」
はいはい答えますとも。でもね,そんなことと言えるまでにかけたお前の時間とそれがあったこそのお前の今に感動する。
思い出は美しすぎる。いや美化しているのだ。読書は美し過ぎる思い出から目を醒ませてくれる。
容姿にふれる言葉は、時にナイフのようにぐさりと相手の心に刺さります。
自分の口から出る言葉で、人の心から血を流させることがないようにしたいものです。
小林照子「これはしない、あれはずる」
倫理の講師としての悔恨が蘇る。
「誰だ話をしてるのは?」
…
「…か?ニヤニヤしてるんじゃない」
休み時間、その子の友達が来た。
「先生、…君は生まれつきああいう顔なんです。先生は酷いです」
絶句。その子に個人的に謝り、次の授業の冒頭に小林さんのような内容を口にした。
「なになに、あいつ何について話てんの?」
「倫理の授業なんだから関係あるんじゃない?」
「そうかなぁ?」
確かに倫理の授業だった。教える奴の意識は割り切れた数学だったことを反省したのだけれど。重いで。
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