バチェラー

 高校の時担任のH先生は牛乳瓶のようなメガネをかけていた。かけても辛うじてテキストが読めるぐらいでその不自由さを補う絶妙の耳をお持ちだった。高一のとき大学なんて良く分からないので、ぼそっと

「志望校、お茶の水女子大にしようかな」

「だれだ、いま志望校お茶の水といった奴」

方角にあたりをつけて

「…か」

「違います」

こりゃかなわん。

「はいはい、この私です」

「荻原か、だから歌舞音曲の類いにうつつをぬかす輩は駄目なんじゃ」

面目ない。分からない単語を調べていない輩だけでなく、簡単な単語も調べない輩をも血祭りに上げていた。高校最初のリィーディングの授業。題は「A Puma at Large」

「大きなピューマ」

「たっとれ」

「大きいピューマ」

「何が違うんじゃ。たっとれ」

「…」

クラス全員が立たされました。at largeが「とらわれない」なんて意味あるのかよ!見事にクラス中に辞書を引くことの重要さを思いしらせました。

 そんなH先生も不慮の出来事には対応できません。なんと授業中に野良犬が教室に入ってきました。沈黙を守ろうとしましたが。たまらなくペロ君が声をあげてしまいました。

「誰?」

「犬です」

「たっとれ」

先生が見えないとはいえ可哀想なペロ君、たまらん。ラバブルH先生。

担任の卒業式後の最後の言葉。

「君たちにこれだけは言っておく。ワイスリー アイマ バチェラー。後ろを見よ。刻んでおけ、じゃあな。街であってももう他人だぞ」

「…(全員笑いをかみ殺す)」

「ねえねえ担任の先生なんて言ったの?」

「いやちょっとわからんや」

「駄目ね。そんなんで良く大学に行けたわね」

皆バチェラーを独身の意味にとった。だが口うるさい英語に詳しい父兄がいたら先生はどうしたのだろうか?

今なら言える。

「独身?学士と言ったのですよ」

「だって後ろを見ろって」

「ワイズリーですよ。賢明にも私は学士だ。気概に燃える笑顔を皆さんに見せてあげなさい、いけませんか?」

超一流。教師はこうありたい」。H先生は我らの心の中で永遠に。

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