二部一章三話

「香弥。用件は僕にケンカを売ることではないだろう?」

ようやく彼――雪河ゆきかわ紘知ひろちかは振り向いた。香弥との身長差が20cm以上あり、見下ろすような恰好になるので椅子からは立ち上がらない。紘知は複数の名前を持っているが、今の「本名」は東部地域サラージ大陸の名前だ。香弥が出会う前は北部寄りの――ファミリーネームが後に来る――名前を使っていたが、東部で暮らすことが決まった時に今の名前を名乗ることに決めたそうだ。今でも時折使っているのを知っているし、香弥と同じような仕事で外出する際には適当に現地にありがちな偽名を名乗っている。母親は北部人で、顔立ちも母親に似ていると香弥は思う。肩にかかる長さの、濃い茶髪と青い両目。よく鍛えられたしなやかな長身と、華のある美貌。紘知にじっと見つめられて、彼を魅力的に思わない人間はいない。落ち着いた声は複数の言語を自在に使いこなし、様々な武道にも長け、銃を握れば百発百中。魔術の腕も式十字協会トップ5――恒星サイズの物体を破壊したり、宇宙の法則を書き換えたりするような化け物だ――にランクインする。これだけ並べても紘知という人間はとびっきりの怪物であるのに、彼は未来予知ができる目を持っている。それも、宇宙一の秘宝と言われるようなとびっきり強力で、デメリットもない目だ。紘知を見る度に、「どうして神は与え得る天賦の才を全て一人に与えてしまったのか」とため息が出る。

「義理とは言え家族に言っておかないと気が済まないことは山ほどあるのよ」

ため息混じりに言ってやると、紘知の青い目がほんの少しだけキラリと光った。未来予知を使ったのだ。

「……今の研究の正体と、どうしてミュズィースを連れてこいと言ったのか説明しろ、か。どちらも一つのことで説明できる。『宇宙の端から侵略者がやって来るから、迎撃に必要』なんだ。ミュズィースは、避難させるべき人間だったと言えばいいかな」

そう言って、机の上の適当な紙を一つ掴んで、絵を描いた。こういう奴だ、と言って描き上げた絵を、香弥に見せる。

「……趣味の悪いメタボ針鼠を迎え撃つのに、アンタが必要なの?」

通常の針鼠と比べて、数倍に膨れ上がった楕円形の肉体に、針はグネグネと曲がっており、先端は人の手の形をしている。悪夢に出てくるのにはピッタリだ。だが、こういう手合いは「宇宙どこでも焼却機」協会の適当な武器で片付けるべき鶏で、牛刀紘知の担当ではない。。

「僕がいないと迎撃できない。コイツの逃げ足はピカ一でね。僕が出るのが一番確実なんだ。まぁそれだけなら代役を立てたんだが、コイツの通り道になった惑星は死の惑星ほしになるのが分かっている。僕の怠慢で多くの人が死んだら、沙弥さやは悲しむよね?」

「アンタの力で確実に、素早く片付けるってわけね。それなのにひと月半もかかってるの?」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る