十章一話

菊川雅は目を引く女性だ。背が高く、顔立ちも整っている。長い黒髪も手入れが行き届いており、本人の機敏な所作に合わせて踊っているようだ。それに、朱色の肌と白い文様もよく似合っている。大学構内で彼女を見た者はみな口を揃えて、「ああも美人な神徒などこの世で見たことがない」と言う。まさしく、「神に選ばれ、恩寵を賜りし人間」であるのだと。菊川雅に出会えただけで大学進学の道を選んだだけの価値はあったと宣う者までいる始末だ。才色兼備、眉目秀麗の完璧超人。誰もが、菊川雅という人間はそういう人間なのだと認識している。



しかし、十代の頃の菊川雅を知る者は皆、そのような評価に首を傾げる。

「いや、彼女はそんな目立つようなタイプではない。確かに神徒で朱色の肌と白い文様はあったが、それだけだ」

「どちらかと言うと、大きな体を敢えて小さくして振る舞うような気弱な人間だ」

「確かによく本を読んでいるし、神徒のことやターナ値を発する道具のことばかり調べているから、賢いだとか色々なことに詳しいだとかは理解できるけれども、それはよく似ているだけの別人なのではないか?」

仕方なく菊川雅に会わせると、彼らは笑って言うことだろう。

「ああ、自分たちが知っているのは、同姓同名の別人だ。確かに雰囲気も似ているが、彼女はこういうタイプではない」




菊川雅は、神徒ではあるが、何か特別な能力を持っているわけではない。身体能力にしても神徒全体として見れば精々中の上あたりだ。色々なターナ値を発する道具も持っているが、それらにしても菊川と同様に、強力無比な力を持っているわけではない。仮に道具を持ち出して菊川と侑里が全力で戦わなければならないという状況を作り出したとして、自由に使える腕が多い侑里の方が絶対的に有利で、如何に侑里が菊川にケガを負わせないか手加減をすることになる。

響のような「青銅の鍵」を利用した奇跡を起こそうとすれば、後遺症が残るほどの大怪我をする。もしくは最悪死んでしまう。神徒、という面で見ればか弱い。それが菊川雅だ。

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