九章五話

「一概に、向こう側にいる神徒が全て悪いと決めつけることはできません。私だってこうして彼らが撮影した物を持っていても、彼ら自身に直接会ったことはないんですから」

ですが、と続けて桃は言う。

「ですが、私が手に入れた『青銅の鍵』の本は、彼らから譲り受けたものです」

秋原家本家のすぐ近くに、神徒のための病院がある。ここには一人、「『青銅の門』から現れた神徒」が入院という名目で生活している。記録上のターナ値は約40。秋原家の長年の研究により編み出された独自のターナ値計測法によれば200弱もの高い数値を叩きだす彼は、ターナ値を抑えるための器具や細工、分厚いシェルターに囲まれて、地下深くで作家活動に勤しんでいるそうだ。かき上げた本は通信機器でやり取りしており、食事も睡眠も必要としない。わずかな睡眠を取るのみで、あとはひたすら一心に書き続けていると言う。

「彼は、彼の知る事実に脚色を加える形で執筆しています。その彼が書いた本の一冊が、今回の本なんですよ」

彼の高いターナ値は、限りなく不老不死に近い再生能力と老化の抑制をどんな状態でも常に維持し続けてしまうということに由来している。霞を食らい、永久とこしえを生きる。

「彼とは、定期的に話しています。色々なことが行き詰まった時に、彼なら答えをくれますから」

秋原家から遠く離れた学校に進学し、大学生までエスカレーター式に進学し続けることで距離を取るように勧めたのも、読書好きになるきっかけをもたらしたのも、彼のおかげだそうだ。

「……桃ちゃん、あなた、騙されてない?」

つい、侑里の口からぽろりと出てしまった。年端もいかない少女をたぶらかし、思い通りに動かす、仙人じみた中年男性。侑里の疑念も無理はない。

「そうかもしれません。でも、私にとって、実家に頼るよりはマシです。それに、彼がこの先病院を出ることはあり得ませんから」

疑問符を浮かべる、他の三人の顔を見て、笑って桃は答える。

「彼――ウィリアム=カー氏は、足を痛めていて歩けないんですよ。再生能力の暴走の結果だそうです」

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