八章九話

落ちていく中で、一つの幻を見た。飾りのない剣を携えた、怜悧な印象の女性の姿だ。

「ここでも結局あなたに会うのね……」

鋭い刃物を思わせる、細いながらもよく鍛えられた四肢。きめ細かい黒い髪。落ち着いた、知的な印象を与える声。溜息混じりの言葉に理解が行かず、焦りも不安も忘れ、響は彼女に問いかけていた。

「『ここでも』って、どういうことですか?」

「残念だけど、あなたは絶対に知ることができないことよ。ただ、そうね。オカルト風に言えば、『青い花びらの仕業』といったところかしら。私としては『外宇宙からの脅威』の方がしっくり来て好きなのだけれど、それだと青銅の門や鍵に変な誤解が混じるから良くないのよ」

肩をすくめながら女性はくすくすと悪戯っぽく笑う。年下のように見えるほどに、明るい笑いだった。気がついたら、響の落下は収まっていた。

「あなたは、一体何者ですか?」

同じ質問を続けてもこの美女ははぐらかすばかりで真っ当な答えを返すことはないだろうと判断した響は、別の質問をした。美女は、ほんの少しだけ眉を動かして、答える。

「本の『青銅の鍵』にメモを挟んで、文学愛好会の部室に置いた犯人。誤解を防ぐために言うと、私だって脅されたからやっただけで、仕方のないことだったのよ?」

確信を持って、響は言い返す。

「嘘です。犯人なのは本当だと思いますが、脅されたとは思えません」

間違いなく、この美女は強かだ。身体能力も、知力も、誰かに負けるようなことは決してない。人質を取られたとしても、感づかれる前に奪い返すような人間だという自信があった。

「本当よ?何せ、私を脅したその人自身が人質でもあったんですもの。どうにもできなかったわ」

肩をすくめ、わざとらしくため息をついてから、更に続ける。

「響。侑里ちゃんと過ごしたい気持ちは分かるけど、あの子はあなたにはちょっと大きすぎるわ。他の子にしておきなさいな。……っと。もうちょっと話したいところだけれど、時間切れね」

響は、訊くべきことが山ほどあると言おうとしたが、意識がどこかに吸い込まれるように薄れていった――。

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