八章十話

誰かに声をかけられながら肩を揺さぶられていることに気がついて、響は目を覚ました。見ると、侑里が心配そうな顔をして座っている。

「大丈夫!?」

「大丈夫さ、何も問題ないよ」

響は仰向けに倒れていたようで、身を起こしながら侑里に答える。虚空に吸い込まれる直前のことに気がついて、手元を見るがメモはなかった。

「図書館から戻ってきたら雪河君がどこにもいないし、いきなり凄い物音がしたから見に来たら雪河君が倒れてるし、息してないみたいだしですごく心配したんだよ?」

泣きそうな顔をして侑里は響を見つめる。おかしなところはないか探っているようだ。普通にしていても相当小柄なのに、余計に小さく、小動物のように見えて響は苦笑いを浮かべた。

「大丈夫だよ、どこもなんともない。心配かけてごめんね」

大きく深呼吸してから、侑里は再び口を開いた。

「ところで雪河くん。なんでこんなところに倒れてたの?」

言われてみて響も辺りを見渡すが、メモと花びらの隠し場所から動いてなかった。勘付かれないように、咄嗟に出まかせを言う。

「棚を開けたら、ゴキブリの大軍と鉢合わせしてね。思わず気を失ったんだ。物音もそのせいだと思うんだけど……」

侑里は首を傾げる。

「私、部室から物音を聞いてすぐこっちに走ってきたけど、そんなの見なかったよ?一応棚の中も見たけど何も入ってなかったし。見えない何かに襲われたのかと思ったから『存在の糸』も探ってみたけど、ここにいるのは私と雪河くんだけ。まだ萌子も授業終わってないもん」

私が図書館に向かってから一時間も経ってないし、と付け足す侑里の言葉に、響は自分の耳を疑った。虚空の中を落下していた時間や、『存在の糸』を探っていた時間を合わせると、どう考えても三時間近くかかっている。

「ほんとに?」

「うん、ほら」

そう言って、侑里は自分の携帯電話を響に向ける。確かに、侑里の言う通りあれから一時間も経っていなかった。響は自分の血の気が引くのを感じながら、もう一度侑里の言葉を咀嚼する。

「……棚の中には、何もなかったの?」

おそるおそる棚の中を見てみるが、確かに何も入っていない。青い花びらも、メモも。元々入っていた雑多なものさえもなくなっていた。

「うん、完全に空っぽ。『存在の糸』で確かめたから間違いないと思うよ」

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